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10 旅路

 翌日、朝早くに起き出した二人は昨日の残りの魚をレタスと一緒にパンに挟んで食べる。即席のサンドイッチだ。レタスなど生鮮食品はすぐに悪くなってしまうし結構かさばるので早めに使い切らなければならない。そして後半戦は保存食だけで凌ぐことになる。行った先で昨日のように釣りができればいいのだが。用意した革袋にたっぷり水を詰めて、シンと麻衣は出発した。


 例によって使い魔のオオカミを先行させてコンパスを見ながら、それなりに険しいジャービル山地山麓を縦断しようとする。そのまま南に向かえば海に出ると思われるのでそれも手だが、南側も小規模ながらいくつかの山が連なっていた。広い平野はなさそうだが、西へ向かい続けるよりはまだ動きやすそうではある。


 迷うところではあるが、シンは進路を西に取り続けた。宇宙飛行士が月の裏側を見たいと思うように、シンもジャービル山地の裏側を見てみたい。一切根拠はないが、きっと万単位で移住できる平野が広がっているはずだ。


 山麓だというのに朝から昇り始めて、昼までに1/3ほどしか進んでいなかった。それだけジャービル山地は巨大なのである。また川から離れていくことになるので、水を運ばなければならなくなったというのも二人の足を鈍らせた。斜面が急すぎてユニコーンを荷物運びに使うこともできない。


「どうする? 飛んでまうか?」


 麻衣は飛行能力でショートカットしようと提案してくるが、シンは首を振った。


「いや、それじゃ意味ないだろ。普通の人でも歩けるルートを探すのも目的の一つなんだから」


 とはいえここまで斜面が急だと街道を通すのも難しく、安定したルートにはなりえない。シンは少し上の方を見上げてみるが、ごつごつした岩場だった。昇るのにロープやら杭やらが必要そうだ。正直、シンと麻衣には無理である。


「なら、もうちょっと南に迂回するルートを探そうや。登り切ってもしゃーないわ」


「そうするしかないか……」


 シンと麻衣は少し斜面がなだらかになっているところまで降りて、南に進路を変更する。昼食として朝作ったサンドイッチにパクつきながら、二人はひたすら斜面を横断していく。


「この辺でも結構高いんやな……」


 夕暮れ前にちょっと開けたところに出て、下を見た麻衣は感心したように声を上げる。開拓中の集落はもちろん、水堀と城壁に囲まれたピスケスまで一望できた。今日はここで野営することにしよう。残りの魚を食べきり、数少ないリンゴを芯まで囓ってから二人はまた抱き合って眠った。




 次の日もただ愚直に南に歩き続け、その次の日になってからようやく西に進路を戻すことができた。シンと麻衣はなだらかな山地をゆっくりと昇っていく。


「どうだ? しんどくないか?」


「さすがに疲れが溜まってきてるで……。もう四日目やからなあ」


 シンに訊かれ、息を切らしながら麻衣は答えた。シン自身も体の節々が痛い。今日は早めに休もうか。


 そう考えながら歩いていると、先行させていたオオカミが突然うなりだした。すわ敵襲かとシンは身構えるが、オオカミはシンを置いて走ってしまう。一体何だというのだ。


 シンが首を傾げていると、オオカミは何かをくわえて戻ってきた。シンはオオカミからそれを受け取り、驚いた。


「ウサギじゃねぇか! よくやった!」


 シンはオオカミの頭を撫でる。オオカミは犬のように尻尾を振った。


「今日はこの辺りで休もうや。なんだか雲行きも怪しいしな」


 空を見上げてみると、徐々に雲が掛かって太陽が遮られつつあった。これは、一雨来るかもしれない。


「だな。せっかくだから、明日も休もう。さすがに疲れちまったよ」


 そういうわけで麻衣がウサギをさばいている間に、シンはシェルターを作ることにした。細木を組み合わせてテント状の骨組みを作り、たっぷりと葉の茂った枝を切ってきて乗せ、屋根を葺いていく。どこまで効果があるかわからないが、虫が心配なので近くで焚き火をして燻しておこう。雨対策としてシェルターの周囲に溝を掘っておくことも忘れない。


 そしてシンは草を刈ってマット代わりに床に敷き詰める。ここのところ地べたで寝るばかりで、背中が痛くて仕方がない。草を敷き詰めておけば少しマシになるだろう。


 草を刈っている最中にシンはキノコとミツバが生えているのを見つけ、麻衣のところに持っていってみる。麻衣は吊したウサギの解体をほぼ終え、肉を切り分けているところだった。侍女をやっていたときに厨房で手伝いもしていて、そのときに覚えたということだ。


「ミツバはいけるけど、キノコはやめておいた方がええで。ウチらじゃ毒があるかどうか区別がつかん」


 キノコで食あたりというのもよく聞く話だし、やめておいた方が無難そうだ。しかしミツバは使える。


 麻衣は鍋でウサギの骨と内臓を煮込んで出汁をとり、塩で味付けしつつ刻んだニンニクを入れて風味を整える。そこにウサギ肉とミツバ、さらに持ってきていたジャガイモを加えて待つこと数分。骨と食べられそうにない内臓は除いて、ウサギのスープが完成だ。スープにしたことで焼けば流れ出てしまう油脂まで余すことなく食べられる。


 今日はすっかり堅くなったパンを食べる必要はあるまい。シンと麻衣はウサギのスープに舌鼓を打った。暖かいスープが腹に染みる。久々に味わう動物性の油は最高だ。ウサギの肉も鶏肉のようでうまい。


「もっと獣臭いと思ってたけど、そうでもないんやな」


「なんつーか、上品な味だな」


 麻衣の手際がよかったおかげか、血の臭いもほとんどしなかった。時折口に入るニンニクで体が熱くなる。食べているうちに元気一杯になってきた。


「これで明日からも頑張れそうだぜ!」


 まあ、明日は雨っぽいが。深々とした草のマットで、シンと麻衣は久しぶりに熟睡した。

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