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9 冒険

 一つ目の集落を赴任してきた貴族に任せ、続けてシンたちは二つ目の集落の開拓にかかった。一つ目よりさらに奥に道を延ばし、プジョールを中心に新たな転生者たちに開拓させる。


 今回は領主候補の貴族の次男以下が同行していて、用心棒代わりに滞在してくれることになった。シンと麻衣は他のことができる。


「シンちゃん、どうしようか? いったんピスケスに帰るか?」


 二ヶ月間一つ目の集落を中心に活動したが、その間も定期的にピスケス、キャンサー、レオール、アストレア、グレート=ゾディアックに顔を出していた。羽流乃や葵の様子は心配だが、今一度帰る必要はないだろう。


「いや、いいだろ。それより、これからのことだ。俺たちで、山の向こうを調べようぜ」


 フラメル湖から流れ出ている川はサラマンデル=ウンディーネ間のヘニッヒ山脈と、フラメル湖対岸に迫るジャービル山地の間を抜けていることがわかっている。川沿いにどこまで開拓地を伸ばすことができるのか、ジャービル山地の向こうはどうなっているのか、誰も確かめたことのある者はいない。


 なかなかに標高の高いジャービル山地を飛行して越えるのは無理だし、今まではバルサーモ島から流れ着く強力な魔物も生息していた。フラメル湖より西は、地図さえない未開の地だ。生き残っているであろう強力な魔物を狩り出すのも兼ねて、是非シンたちで探検したい。これはシンたちにしかできないことだ。


「せやな……。山の向こうも切り開けるとなったら、今のペースで人口が増えても全然問題なくなるわ。多分、国一個くらいは余裕で作れる広さがあるやろうしな。冬那ちゃんに頼んでしっかり準備して、それから行こう」


 最悪遭難しても風の指輪を使えば四王国の王都には帰還できるが、どうせならしっかりと探索をした上で帰還したい。さっそくシンは冬那に連絡してランタン、鍋等の道具を送ってもらった。川を使った水運で定期便が出ているので、物資のやりとりも滞りなく可能なのだった。




 数日後、準備を整えたシンと麻衣は奥地へと出発する。シンはオオカミを呼び出して周囲を警戒させ、自分は麻衣と分担した荷物を背負って歩く。魔法の袋で容量以上に詰め込んでいるが、重さは軽減されない。食糧は節約して一週間分だ。


 ユニコーンを呼び出して荷物を背負わせるのは、さすがに精神的な負担が大きくなりすぎる。人足を連れて行ってはプジョールは提案してきたが、麻衣は「どうせなら二人きりで行こうや」と却下した。ピクニック気分では困るが、魔物が出たりすれば二人の方が動きやすいのは確かだ。


 初夏ということで気温は少し高い。背中がじっとり汗ばむのを感じながら、シンと麻衣は川沿いを進んだ。川沿いなら水の心配をしなくて済むからである。


 遭難したときは川沿いを歩いてはいけないというが、どうせこの先に登山道などない。滝などで道が途切れればそのときはそのときだ。集落を作るのに適した土地であるか吟味しながら、シンと麻衣は歩いていく。


「ちょっとずつ谷が狭くなってきてるな」


「せやな……。あの辺りから向こうは道をつけるだけで精一杯かもしれん」


 一日歩いて、シンと麻衣はヘニッヒ山脈とジャービル山地の合流点に到達した。川は途中で滝になって落ちており、切り立った崖の間を勢いよく流れていた。


 どうやらヘニッヒ山脈の切れ目から海に流れているっぽい。海流が逆向きな上に魔物が多いので船が近づかない海域である。上陸できそうな砂浜もあるにはあるが、凶暴なスキュラが多数闊歩しているので誰も行こうとはしない。いつか、そちらもサラマンデルから船を出して調べなければなるまい。


 麻衣は翼を広げ、シンを抱えて川を渡る。ここからが本番だ。このままジャービル山地の麓を横断して、向こう側に何があるか確かめなければならない。


「思ったより川が短かったな」


 途中までは来たことのある場所だったとはいえ、一日でここまで来てしまうとは。悪い意味で想定外だ。


「う~ん、こっからは水の心配せなアカンな。まあええわ。今日はここで野営しようや」


「そうだな」


 気付けば太陽は傾きつつあった。不案内な土地で夜中に活動するのは論外だし、あまり川から離れたくない。麻衣が魔法で手早く火をおこし、野営の準備を始める。天幕などは重いので持ってこなかったため、あまりシンが手伝う必要はない。


 まだ日が暮れるまで一時間ほどはあるだろう。シンは棒切れを拾い、持ってきた糸をつけて釣りに興じることにする。餌はルアーだ。シンはそっとルアーを川に投げ込み、竿を操ってルアーを動かす。


「さぁ、釣れるかな……っと」


 入れ食いだった。当たり前だが、ここの魚は釣り人には慣れていないらしい。ウグイやらカワマスやらであっという間に篭代わりの小さな鍋は一杯になった。暗くなってきたところでシンは戦利品を持って麻衣のところに戻る。昼は持ってきていたパンとチーズを囓っただけなので、非常に楽しみである。


「シンちゃん、釣れたんか?」


 野営の準備を終わらせ軽く川で身を清めてきた麻衣は尋ねる。


「おう、大漁だぜ!」


 シンはニッコリ笑って鍋の中を見せる。麻衣は目を見開いて驚く。


「ほんまに大漁やんけ! 今夜はご馳走やな!」


 ここから調理開始だ。シンはナイフで魚の頭と内臓を落とし、麻衣が鍋に油を引いて焼いていく。味付けは塩とチーズで、ムニエル風に仕上げる。食べきれない量だが、今日のうちに焼いておかないと腐ってしまう。これでしばらくは保つだろう。


 主食は一切れのパンで、さらにレタス、干し葡萄、ナッツを添える。そしてメインは魚。予定していたよりずっと豪華な食卓となった。


 もちろん普段食べているよりは粗末な食事だが、野外で食べると格別だ。魚も近くに人が住んでいなくて川が綺麗なせいか、思ったより泥臭くない。チーズの風味とカリッとした食感が口の中に広がり、自然と顔がほころぶ。


「うん、やっぱり食事は温かくないとアカンな!」


「鍋持ってきてよかっただろ!」


 魚の身を麻衣は笑顔でほおばり、シンは同じく笑顔で応えた。




 食事の後はテントがないので持ってきた外套に二人でくるまり、就寝することにする。初夏とはいえ夜は冷える。シンは麻衣を気遣って訊いた。


「麻衣、寒くないか?」


「シンちゃんが暖かいから平気やで!」


 嬉しいことを言ってくれる。シンは麻衣をギュッと抱き、照れくさくなったのか麻衣は外套の下に潜り込んでしまった。やがて昼間の疲れから、二人はほぼ同時に眠りに落ちていった。

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