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8 開拓生活

 移民団を迎え、本格的に開拓は始まった。季節は春、まずは新たに作った畑に麦蒔きをするところからだ。


 麦蒔きは人力で行われ、むやみやたらに魔法を使うことはない。新たな畑を切り開いたり耕したりする作業も人力である。使われる道具は魔法を用いて強化されたものだとはいえ、なかなか地道な作業だ。


「……耕作に家畜とかは使わないのか?」


 作業を眺めていたシンは、ただの無能力者として王都周辺をうろうろしていた頃を思い出しながら尋ねる。確か王都アストレア周辺の農家では、暴れ馬やら暴れ牛やらを使って猛烈な勢いで耕作していたはずだ。


 プジョールは説明する。


「現状だと、大型の家畜を連れてきても維持するのが難しいので無理です。扱うのだって習熟が必要ですから、そう簡単にはいきません」


 ウンディーネ政府からの援助はあるものの、基本的に移民たちが持っているのは転生当初にもらったお金だけだ。それさえもここまでの旅費で使い切った者も多い。家畜を飼う余裕なんてとてもないし、食糧もウンディーネ政府からの配給だけが命綱だった。夏前にはプジョールたちが植えたジャガイモが獲れるが、それだけでは生きていけない。


「軌道に乗ったら休耕地にクローバーとかカブとか植えて牛や馬を飼えるんやろうけど、そこまでが長そうやなあ」


 輪栽式農業による農業革命だ。そこまで到達するためには土地の所有権等がややこしくなって農地が細分化しないように、今からコントロールしていく必要もある。現状だと所有権を定めず集団農場のような形で開墾させているが、いつまでも小作扱いではやる気を損なうだろう。所有区割りを考えなくては。


「まあ、そう悲観することはありません。トウモロコシは予想通り順調に育っておりますし、森の木材は高く売れそうです」


 ウリエルの消失によりフラメル湖の魔物はかなり減り、水運が活発になってきているのだった。船を作るための木材需要は高まりつつある。さらにシルフィードの戦乱が収まったことでシルフィード=サラマンデル間の海運も盛んになってきた。そちらへの輸出も見据えたいところだ。


 プジョールの報告を聞いて麻衣は大きくうなずく。


「禿げ山にしないようにそっちもうまくやらんとアカンな。木を切りすぎると土壌が流出してせっかく開拓した農地がダメになってまうで」


「山の木は決して切らないように徹底しております。また、平地でも防風林を残すように指導しましょう。北グノームはそれで苦しみましたから。山仕事を生業とする者も現れると思いますので、ゆくゆくは植林も考えなければならないですね」


 想定よりずっと豊かな南ウンディーネに北グノームの荒れ地出身のプジョールを送ったのはミスチョイスだったかもしれないと思っていたところだが、そうでもないようだ。失敗例を知っているだけに応用が利く。


「やはり問題は魔物だけです。森の奥には必ずいると思われます。果たしていつ遭遇するか……」


 シンたちがいるだけで賢い魔物は近づかないと思われるが、どこまで効果があるかはわからない。油断しているわけにはいかない。




 プジョールの懸念はすぐに的中した。一週間後の夜、村の周縁部で見張りを担当していた住民が声を上げる。


「魔物だ! 魔物が出たぞ~!」


 早鐘が打たれ、シンと麻衣は通報があった方に急行する。一匹のマンティコアが一人の住民にかぶりついていた。住民は絶命と転生を繰り返しながら、マンティコアの腹に収まる。


 見たところ、数ヶ月前に戦ったグノームのマンティコアより一回り以上大きい。それだけ南ウンディーネに広がる森は豊かだということだろう。一匹だけなので、魔王にならずとも勝てるだろう。


 強敵の出現を感じ取ってか、マンティコアはじわじわと後退する。逃がすまいと魔族の翼を広げた麻衣が、マンティコアの足下に鎌鼬を撃ち込んだ。


「シンちゃん、今や!」


「おう!」


 飛び上がって鎌鼬を避けようとしたマンティコアに、シンは雷の魔法を浴びせる。これにはマンティコアも耐えられず、無数のネズミとなって散ってしまう。


 戦闘が終わった後、シンは困った顔で夜空を仰いだ。


「こりゃあ、それなりの貴族に来てもらう必要があるんじゃないか?」


 シンだからこそわりと楽勝に一撃で倒せたが、一般の兵士の手に負える相手ではない。下級貴族の端くれたるプジョールが戦っても負けてしまうだろう。こんなのがウヨウヨいるのだとしたら、人が住むなんてとても無理ではないか。


「う~ん、開拓の仕方を考えなアカンな」


 シンも麻衣も、開拓をやめるとは絶対に言わない。この地を開拓する以外に魔王の帝国の未来はないのだ。




 次の日から、耕作より林野の木を切ることを優先して開拓を進めることにした。クマ対策と同じだ。突然開けた場所に出ると野生の動物は驚いて戻ってしまう。魔物にどれほど通じるかは疑問だが、やらないよりはマシである。


 加えてピスケスの冬那に十数人の兵士と多数のマスケット銃を送ってもらった。兵士たちをコーチに自警団を結成するのである。夜の見張りが槍程度しか持っていなかったのはまずかった。必ず複数の銃を持った一団で見張りをさせることにする。


 そしてある程度開拓地が広がったところで居住地区を設定して、柵と堀で囲んだ。畑を荒らされる危険性はあるが、命あっての物種である。余裕ができたら柵をもっと頑丈な壁に変えたいところだ。


 こうして対策が進んでいる間にも、コムギやジャガイモ、トウモロコシは順調に育った。そしてその様子を大貴族の次男、三男以下に見せて領主として招聘する。候補は何人かいたが、全員は是非私にと手を挙げてくれた。


 しばしばマンティコアやヒグマほどに大きいヤマネコといった風体のグーロは出現したが、シンたちがとりあえずは倒した。肥沃な森で、ウリエルがいなくても強力な魔物が育っているようだ。


 シンたちがいなくなった後、彼らを倒すのは次の領主としてやってくる貴族に任されることになるだろう。魔族だって生きているのを追い出していくのは気が引けるが、こちらも生きていかなければならない。遠慮はできなかった。


 その間にもシンは使い魔のオオカミを使って森の奥を探索し、バルサーモ島産と思われる強力な魔物を見つけ次第撃破する。徐々に、集落への魔物の襲撃も減っていった。


 こうして二ヶ月後には一つの集落が完成した。

次回の更新は4/21(土)午前中の予定です

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