4 破壊天使の余波
「……じゃあウリエルがいなくなったから、こんなことになってるっていうのか!?」
三ヶ月前に捕虜となって以来、ミカエルは大人しくアストレア王宮の地下牢に収用され続けている。かつてアスモデウスが作った地下牢は、ミカエルが暴れても多少の時間なら保つので、安心してシンたちはミカエルに臭い飯を食わせ続けられた。シンに訊かれ、鉄格子越しにミカエルは答える。
「その通りです。私はあなた方が現世に転生した後のこの世界にウリエルを封印したのですが、そのときウリエルの魔力を吸い取って新たな命の誕生を抑制するよう、封印の棺に魔術を刻んでいました」
そうしなければ、寿命がやたらに長いこの世界は増え続ける人口を支えきれなくなって滅びていた。ミカエルがウリエルを封印した当時はこの世界にマスケット銃などなく、人間の支配域はずっと小さかったのである。この世界が破綻せずに続いてきたのは、ウリエルによる出生率抑制のおかげだったのだ。
しかしシンたちがウリエルを倒したことで、この世界の出生率は現世並みに戻ってしまう。その結果がシンの同級生たちを含めた空前のベビーブームだ。少子高齢化に悩む現代日本に送り込めば全て解決するのではないかと思うが、そういうわけにもいかない。やたらと増加した新転生者に加えて、シンたちはこちらも対応しなければならない。
ミカエルへの事情聴取で判明した事実にシンは頭をクラクラさせる。さらにミカエルは加えた。
「ついでにあなたと歌澄さんが完全分離したことで、歌澄さんが現世に引かれる力も弱まっているようですね……。以前はあなたの分も歌澄さんが引っ張られていましたから。あと一年くらいは保つと思います」
「そうかよ」
朗報といえば朗報だろう。葵がこちらでいられる間に問題を解決しなくてはならない。
「一年後にはこちらの時間と現世の時間が完全に同期するでしょう……。そうなれば容易にあちらへ帰れるようになります。ですのでどうか、そのときに私を解放してください……!」
訴え始めるミカエルを無視してシンは踵を返し、地下牢から出た。一年以内に問題解決の目処をつけて、現世に帰る。これがシンの目標だ。
「……まあ、ちょっと多いなとは思ってたよ。ウリエルが死んでから三ヶ月で、ちょうどでき始めたんだろうね」
葵は畳の自室でゲームのコントローラーを手放さずにやれやれと肩をすくめる。テレビの画面上では十人十色のキャラが相手をステージから叩き落とそうと暴れ回っていた。
「どうすればええんやろうなあ。一人っ子政策でもやりゃええんか」
麻衣もコントローラーを操作しつつ言う。さすがにそれは現実的ではないだろう。
「バルサーモ島からの魔物が減ってますから、ウンディーネに移住してもらうっていう手はありますね。フラメル湖の沖合でも漁業ができるようになりましたから。それに、北の山脈のドワーフさんたちも採掘のために人手が必要だと言ってました」
冬那は電気ネズミを華麗に操って葵と麻衣の攻撃をひらりとかわしつつ提案した。
「当面はそれで凌ぐしかないでしょうね……。でも、すぐパンクしますわ」
開始数秒で脱落した羽流乃はムスッとした顔でうなずく。抜本的な解決策が必要だが、いったいどうすればいいのだろう。シンも悩んでいると、部屋がノックされた。
「伝令です! 東の辺境に強力な魔物が現れました! 皇帝陛下の出陣を願います!」
「わかった!」
シンは立ち上がって部屋を飛び出し、羽流乃も後に続く。
「私も一緒に行きますわ!」
「よろしく~!」
本来の責任者である葵はこちらを振り向きもせずに手を振り、シンと羽流乃は戦地に向かった。
シンと羽流乃を乗せた魔法のじゅうたんは滑るように空を飛び、東方の辺境へ急行する。兵士たちが乗ったじゅうたんも続いた。目的地はシンが最初にお世話になった魔法使いがいない村ではなく、その近くにある農村だ。
上空からだと目的地はすぐにわかった。数体のマンティコアがのどかな農村に暴れ込み、当地の兵士たちが戦っている。赤毛の人面獅子といった趣のマンティコアたちは、蠍の尻尾を振り回して取り囲む兵士を追い散らしていた。援軍に駆けつけた近くの貴族が魔法で火球による攻撃を行うが、マンティコアはなんと尻尾で弾き返す。
シンが呼ばれるわけである。シンが出なければ、攻撃魔法を使える貴族が複数来ないと勝てないだろう。
とはいえ魔王になるまでもなく勝てる相手だ。シンは魔法のじゅうたんから飛び降り、地の指輪で重力軽減して着地。剣を呼び出て炎で包む。羽流乃もシンの隣に降り立ち、炎に覆われた〈和泉守兼定〉を抜いた。
「行くぞ、羽流乃!」
「ええ、シン君!」
二人は剣を振るって次々とマンティコアを薙ぎ倒す。反撃してきても重力操作で軽く牙や尻尾を避け、魔王の炎を纏った剣で叩くだけだ。たまらずマンティコアたちは逃げ出そうとする。さらにシンはユニコーンを呼び出して追撃し、ほんの数分でマンティコアは一匹も残らず全滅した。
「ふう、いい汗を掻きましたわ」
「帰って風呂に入りたいなあ」
のんびりシンは言う。炎を使ったせいで汗だくなのだ。
「それでは一緒に入りますか?」
「おいおい、葵や麻衣に毒されたのかよ」
顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべながらそんな風に申し出る羽流乃にシンは苦笑した。まあ、入ったことはあるんだけど。結構羽流乃も本気で一緒に入りたいっぽい。
「アストレアではなくレオールに行けばばれませんわ。よろしかったら今すぐにでも……」
そこまで言ったところでふらりと羽流乃の体が揺れ、羽流乃は倒れてしまった。たちまちシンは真っ青になる。
「羽流乃、どうした、羽流乃~!」
「う……。シン君……」
羽流乃は頭に手をやったまま動けない。戦闘中に頭を打っていたのだろうか。だとすれば危険な状態だ。
「神代、落ち着け! 王宮に運ぼう!」
近衛隊長としてついてきていた狭山はすぐにじゅうたんを呼び寄せ、羽流乃を乗せる。王宮の医師の元に、じゅうたんは急行した。




