1 部活
「ってなんですのこれは~っ!」
ノートパソコンの画面を見て、紅羽流乃はちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで叫んだ。父親が北欧系で、金髪に白い肌の羽流乃はビスクドールのように美しい。そんな羽流乃が顔を真っ赤にしてこの和室で叫んでいると、ほとんどギャグだ。
「どや、面白そうやろ?」
ショートボブの小柄なかわいらしい少女、呼子麻衣はドヤ顔を見せる。
部室で、麻衣が作ったゲームをやっている最中なのだった。オープニングから主人公はレベルMAXで、いきなりラスボスに挑むというとんでもない流れである。核ミサイルしか撃てない戦争ゲームだ。
「いや~、内輪ネタという意味ではウケるかもしれませんが、これはだめでしょう。どうしていきなりLv.99なんですか? ゲームになってないですよ」
快活そうなポニーテイル女子、黒海冬那はニコニコしながら冷静に品評する。麻衣は臆面もなく答えた。
「だって、異世界転生して最強チートでハーレムなのが流行りなんやろ? 現地人の方がよかったんか?」
「それが流行ってるのはRPGの世界じゃないでしょう? いきなりそれじゃあクソゲー確定じゃないですか」
冬那の指摘に便乗して、羽流乃も青筋立てて主張する。
「そうですわ! だいたいどうして私が奴隷なのですか! ブヒィはないでしょう、ブヒィは!」
「いやぁ、奴隷ヒロインも様式美やん? それとも羽流乃ちゃんはやっぱ、くっ殺系がよかったか? 誇り高き女騎士やけど、オークのチ○ポには勝てへんのや!」
「叩き斬りますわよ!?」
羽流乃は部屋の脇に置いてある木刀に手を伸ばす。羽流乃は剣道をやっていて近所の道場に通っており、段持ちなのだ。遅れて部活にやってきていた神代シンは慌てて止めた。
「羽流乃、木刀はまずいだろ」
「でもシン君、このゲームはあまりに酷いでしょう!」
幾分か落ち着きを取り戻しながらも、羽流乃は風船のように頬を膨らませる。確かにちょっと、悪ノリが過ぎるかもしれない。シンは腕組みして考える。
「まぁ確かに、ちょっとアレだな……。修学旅行の飛行機が墜ちるとか……」
来月本当に修学旅行に行く予定の身とはしては、正直ふざけすぎだと思う。縁起でもない話だ。洒落になっていない。
「それに、どうして葵は敵役なんだよ? 部の仲間だろ?」
シンはこの場にいない五人目の部員のことを指摘する。いくらなんでも仲間はずれみたいでかわいそうだ。
「あの女の場合は多分味方にされる方が嫌がるやろから、敵にしてやったんや。この後適当にイベント起こして仲間にする予定やで! 続きが気になるやろ?」
なおこの戦闘シーンから先はまだ作っていない。「葵先輩はまあ確かにそうですね」と同意しつつも、冬那は首をひねる。
「う~ん、でもこのストーリーじゃ厳しそうですね。転生とかはいいとしてもレベルアップの楽しみがないのはRPGとしてどうかと思いますよ。普通のターン制コマンドバトルで戦略性もないですし」
「ボスを一撃で殺せる爽快感はあるで!」
麻衣はそう言うが、ボタン連打してれば戦闘が終わるのはクソゲーだ。羽流乃の文句も止まらない。
「私は配役にも問題があると思います! どうして麻衣さんがシン君の運命の人になっているのですか! この中でシン君との付き合いが一番長いのは、私ですわよ!」
羽流乃が言っていることは本当である。麻衣が大阪から転校してきたのは小学校六年生のときだし、冬那とは中学校に上がってからの付き合いだ。とはいってもシンも小学校五年生のときこの町に転校してきた男なので、十年来の幼なじみとかそういうわけではない。
「何言うてんねん、幼なじみは死亡フラグやで」
「大抵途中参加のヒロインの方が人気出ますよね~!」
「ぐぬぬ……!」
羽流乃は16:9のHDTVワイド画面に対応してそうな顔をして歯ぎしりした。たかがゲームの配役くらいで、そんなにむきにならなくてもいいだろうに。だが、確かに設定はでたらめな気がする。
「転生したら最強でしかもハーレムってお約束みたいになってるけど、冷静に考えておかしいよな。自分は自分だろ? 慣れない世界で一からコツコツスタートになるんじゃないのか? 異世界で急に最強になったり天才になったりするのは、おかしいだろ。全然現実的じゃない」
「葵先輩みたいなこと言いますね、シン先輩。創作の世界くらい、自分の思い通りにしたいじゃないですか」
冬那は同学年だが途中参加なので、シンたちのことを先輩と呼ぶ。最初はむず痒くどうなのかとも思ったが、すっかり馴染んでしまった。
「そうかぁ? 別に普通でいいんじゃね?」
「先輩がそう思うのは、リアルにハーレム作っちゃってるからですよ」
冬那は冗談めかして言った。確かにこの部に男はシン一人であるが、シンは誰とも付き合ってはいない。クラスでもシンはたまにハーレム野郎呼ばわりされることがあった。
「コツコツ修行なんかしてたら読者が飽きるしなぁ。ハーレムでヒロインたくさん出して、いろんな性癖の読者集めんとやっていけんのやで」
「そもそも転生というのが非現実的ですから、細かいことはどうでもいいでしょう? 見る人が楽しめれば何でもいいということですわ」
麻衣は解説し、羽流乃は身も蓋もないことを言い出す。
「ちなみに設定としてはシン先輩と麻衣ちゃん先輩、葵先輩が転生組で私と羽流乃先輩が現地組みたいですけど、他の人たちはどうなってるんですか? うちの部の人しかいない設定ですか?」
「さぁ? 普通に死んでるんちゃう?」
冬那の質問に麻衣はこともなげに答えた。ひでぇ。
シンが顔をしかめたところで、改めて羽流乃は訊く。
「ところでシン君、その格好はどういうことですの?」
「ん? ちょっとボランティアしてきただけだよ。大したことはないさ。ほら、うちはボランティア部だから」
何でもないことのように投げかけられたシンの言葉を聞いて、羽流乃は眉をひくつかせる。
「……普通のボランティアで、そんな格好になるわけがないでしょう!?」
「いや~、ちょっとな!」
シンは顔に擦り傷を作って制服のボタンが飛び、袖はちぎれかけているといった有様だった。