2 天下統一
こうして三日ほど進軍を続け、「天使の福音」教団は北の海沿いへと追い込まれていく。新兵たちが襲撃を受けて大砲を破壊されるという事件はあったが、ここまでの戦闘で死傷者はほとんどない。先に亜人たちの集落を襲って全滅させた一件があるので、報復を恐れてか降伏の申し出も皆無だった。
やがて教団は北の岬に築かれた城に追い詰められた。城といっても平野部にあるような巨大な城壁に囲まれた城塞都市というわけではなく、空堀と土塁で構成された迫力がないものだ。日本の戦国時代における山城に近い。
しかし城はなだらかな斜面の上に存在していて、北は海に面した崖なので攻めにくい。斜面には竪堀が掘られ、迂闊に昇れば詰めている銃兵から狙い撃ちされる。
今までの吹けば飛ぶような砦とは違う。この本格城砦は充分な広さを備えていて、教団の兵士と住民が万単位で詰めているのだ。この世界における普通の城が備える煉瓦造りの構造物などはほとんどないため、大砲を撃ち込んでも効果は薄い。雑兵を多少削れるといった程度だろう。まともに攻めれば大損害を出しかねない。
なので統一帝国軍は周囲に陣地を作って城を完全封鎖し、兵糧攻めに移った。海沿いは崖地でシルフィード海軍が封鎖している。海側から逃げることもできない。
麻衣のハエで相手の食糧を奪ってもいいが、そんなことをするまでもない。逃げ延びた住人の数は城の定員を完全に超えていて、食糧が保たないのは火を見るより明らかだった。現に屎尿の処理能力が限界を迎えているのか、城からは不快な臭気が漂っている。決して多いとはいえない城の構造物の中で、住民たちはひしめくようにして過ごしていると思われる。
十日後の朝、城の様子を見た間宮は告げた。
「頃合いね。攻めましょう」
「……早くないか?」
シンはそう言ってみるが、間宮には確信があった。間宮は城の直上を指す。
「見なさい。炊事の煙がほとんど上がってないわ。今日だけじゃないわ。三日間ずっとよ」
加えて、城兵が命綱をつけて崖下の海に飛び込み、貝や海藻を収拾していたと海軍から報告があった。わずか一週間足らずで、城の食糧は尽きてしまったのである。ひょっとしたら暖をとるための薪も尽きたのかもしれない。
「もう少し包囲を続けて降伏勧告したらどうだ?」
シンは提案するが、間宮は首を振る。
「多分降伏なんかしないわよ。どうしようもなくなった時点で打って出てくると思うわ。だから、その決断をしてくる前に叩くの。今が頃合いよ」
今はまだ、海からの収穫やそこら辺の雑草で凌いでいる。それさえも尽きれば、死にもの狂いで城を飛び出してくるだろう。そうなる前のほどよく弱ったタイミングで全戦力を投入して城を叩き潰す。
「……わかった。やろう」
シンは納得してゴーサインを出した。教団が白旗を揚げる気配は一切ない。酸鼻を極める殲滅戦が繰り広げられるだろうが、割り切るしかあるまい。
陣地に据え付けられた大砲が一斉に火を噴く。同時に、海軍が海からも砲撃を開始した。城内のあちこちで鉄球が跳ね回り、直立しているもの全てを薙ぎ倒す。
榴弾ではないので堀や土塁を崩すことは不可能でも、これだけやれば城内の建物は完全に倒壊し、詰め込まれていた住人たちにも死傷者が続出する。そんな砲撃が小一時間ほども続いた。もはや虐殺だ。
放った使い魔で砲撃の戦果が充分であることを確認してから、統一帝国軍は斜面に取り付き、竪堀を昇っていく。残っている敵のマスケット銃兵が抵抗するが、散発的である。押し寄せる統一帝国軍を止めることはできない。統一帝国軍は砲撃で壊滅した城の内部に突入する。
「今なら降伏を受け入れる! 手を挙げて投降するんだ!」
一緒に城内に押し入ったシンは呼びかけてみるが、返事は投石だった。慌ててシンは石を避ける。女子どもに至るまで降伏に応じようとする者はいない。少しでも逃げる気があった者は統一帝国軍がこの地方に接近した段階で逃げ出している。残っているのは城を枕に討ち死にするつもりの者だけだ。皆殺しにするしかない。
やがて帝国軍は城内の制圧をほぼ完了し、残った敵を辛うじて倒壊せずに残っていた倉庫に追い込む。
「恐れてはなりません……。必ず天使様のお力で魔王のいない世界に転生できるでしょう。アーメン」
代表者らしき神父が残った信者たちに説法をした後、倉庫に火を点ける。魔王の捕虜となるくらいなら、禁忌とされる自殺をした方がマシということらしい。シンの力なら彼らを助けることなど造作もないが、他の住民は全滅させている。助けても後の禍根を残すだけだ。
もうもうと煙を上げながら中の人間ごと倉庫は燃え尽き、肉の焼ける嫌な臭いが漂う。若干の後味の悪さを残しながら、こうして魔王の帝国による天下統一は完成した。
世界統一を成し遂げたシンたちは数日後、グレート=ゾディアックに凱旋する。ちなみに統一帝国の首都ははっきりとは定めていなかった。四王国の首都がどこになるのだと外野は騒がしいが、シンたちは知らないふりをしている。今回はシルフィード国内の戦なので、グレート=ゾディアックに凱旋する。ただそれだけで、他意はない。
例によってシンはユニコーンに乗って先頭を行き、沿道には紙吹雪が舞う。
「皇帝陛下万歳!」
「女王陛下万歳!」
「四州統一帝国万歳!」
シンは沿道の観衆に手を振って応える。ここまで長かった。今夜は気持ちよく眠れそうだ。意気揚々とシンは王宮に入り、レオンから報告を受ける。
「……以上、北東シルフィードへの屯田兵の入植は順調に進んでおります」
「そうか。そりゃあ、一安心だ」
シンは胸をなで下ろす。行き場のなかった新転生者を輜重隊の兵士として連れて行ったのはこれが目的だった。全滅した「天使の福音」教団信者に代わって、彼らを住まわせる。教団信者たちには気の毒だが、新転生者の雇用も大問題となっていたので、解決してくれて万々歳だ。
しかし胸のつかえがとれてニコニコしているシンに、レオンは言いにくそうに伝える。
「……陛下が遠征に出ている間にまた新転生者が来ております。今度は千人ほど……」




