表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/276

1 世界最後の戦い(予定)

 シルフィード北東部は標高は低いながらも山地が続く丘陵地帯であり、守るは易く攻めるに難い険しい地形だ。海に面した北部は切り立った崖が連なっているため船では近寄れず、水量の少ない川が流れる谷沿いを這うようにして進むしかない。谷では要所要所に地形を活かして築かれた砦や城が点在し、大軍の侵攻を阻む。


 そんな天然の要害に拠る「天使の福音」教団は、フィリップが討ち死にして南ウンディーネが降伏し、残っていたシルフィード諸侯も恭順の意を示したため、この世界で魔王の帝国に服しない唯一の勢力となっていた。


 天使のみを信じ、魔族や亜人の排斥を訴える教団を、魔王たちは放置するわけにはいかない。実際に教団側の軍勢が亜人の集落を襲撃して皆殺しにするという事件まで起き、統一帝国軍による遠征は決定された。


 延々と連なる山を見て、麻衣は嘆息する。


「う~ん、やっぱウチのハエちゃんで食糧全部奪うのは厳しそうやな。広すぎるわ」


 広い丘陵地帯に点在する城砦の一つ一つから食糧を奪うのは現実的ではない。それに、食糧を奪ったところで彼らは抵抗をやめないだろう。今だって、彼らには充分な食糧の備蓄などないのだ。放っておいても冬を越せないのではないかと思えるくらいに。戦いがより悲惨なものになるだけである。


「じゃあ魔王の力で山ごと一集落を吹っ飛ばすっていうのはどうだ?」


 シンは提案するが、羽流乃は顔をしかめる。


「悪魔の所業ですわね……。いくら何でも酷すぎるでしょう」


 ちなみに葵と冬那はいない。葵は療養のため、冬那は降伏した南ウンディーネの統治のため、それぞれの領地に残っている。


「でもそれくらいしないと降伏してくれないだろ」


「それくらいやっても降伏はありえないでしょうね」


 羽流乃は切って捨てる。教団側の態度は強硬だった。降伏勧告に出した神父は耳と鼻を削がれて帰ってきて、「天使の奇跡は魔王を滅ぼすだろう。天使を信じる我々は決して魔王に屈しない」という伝言を伝えてきた。


 実際に敵の戦意は旺盛で、昨夜もゲリラ的な夜襲を繰り返して一部の部隊はかなりの損害を出している。本当に最後の一兵まで戦い抜きかねない勢いだ。


 グレート=ゾディアック攻城戦の顛末はシルフィード中に広がっているはずなのだが、この地方は教団の自称十字軍が元いた亜人たちを絶滅させて入植したという歴史がある。教団は教義上一歩も引けないし、住民たちの教団への信任も厚い。何をどうやっても絶滅戦争になる公算が高かった。


 皇帝と女王が物騒な話をしている中で、グノーム軍を指揮する間宮は声を上げた。


「……そんなに心配しなくても、私たちで何とかして見せるわ。あんたたちは、ど~んと構えてて」


「間宮様の言うとおりです。そのために我々も同行しています……。皇帝陛下も女王陛下も、何も心配することはありません」


 間宮の後を受けてエルフ族の長、クイントゥスが続ける。林野での戦闘に備えて、五感に優れる亜人族の部隊をクイントゥスには連れてきてもらった。さらに海上にはシルフィード海軍が展開し、時が来れば北の崖地から砲撃を浴びせる予定だ。無論、南側にも大砲を並べて徹底的に砲撃する。そして動員した兵力は総勢で四万人。相手はゲリラ戦を続けるだけの食糧もないので、万が一にも負ける要素はない。


「でもなぁ……」


 後方に布陣している、新転生者を中心に編成された部隊の方をシンはちらりと見る。山を見てまだピクニック気分ではしゃいでいる者、今から戦いにおびえて腰砕けになっている者と様々だが、浮き足立っているという点では全員同じだ。輜重隊の役目しか与えないつもりだが、それでも連れてきたのは間違いだったのではないだろうか。


「大丈夫よ。速攻で決めてやるから、見てなさい」


 間宮は自信満々に言い放ち、シンは黙るしかない。こうして、世界統一を賭けた戦いは始まった。




 まず、南側に布陣した部隊の砲撃から戦は始まった。この世界の大砲は性能的にいまいちであるとはいえ、今回は数が違う。谷の入り口を守る小さな砦に対して、絨毯爆撃のように砲弾が降り注ぐ。土塁と粗末な木造家屋からなる砦は一瞬で崩壊炎上し、這々の体で辛うじて生き残った兵士たちは逃げていく。


「これで少しでも怖じ気づいてくれればいいんだけどな……」


 シンはつぶやくが、そうはならないだろうと心の中ではわかっていた。




 予想通り、谷に侵入した部隊は敵軍による奇襲を受けた。谷の中の城砦に向かう途中で、林野に潜んでいた敵が飛び出してきたのだ。だが警戒に当たっているワーウルフ族ら亜人たちの五感は、敵の存在を捉えていた。


「落ち着いて対処するんや! 次は南東から三十人程度の部隊が来るで! 出てきたら撃て!」


 亜人たちからの報告を元に麻衣はハエを飛ばして正確に敵の所在を把握し、部隊に情報を伝える。統一帝国軍は谷底の開けた農地を進むことを徹底していて、麻衣から命令された方向にマスケット銃を向けるだけである。林や草むらから飛び出してくる敵はあっという間に蜂の巣だ。


 他の谷でも同様に貴族たちが使い魔を使って亜人と連携し、教団側の奇襲を防いでいる。奇襲攻撃が通じないと悟った教団の兵士たちはそれぞれの集落で山に築かれた城砦に籠もるが、袋のねずみというやつだ。新兵たちを動員して大砲を運ばせ、城砦には砲撃を加える。しばらく戦争する予定はないので、弾薬の在庫処分だ。


 充分に砲撃した後、シルフィード、サラマンデル、ウンディーネと転戦してきた歴戦の兵士たちは城に踏み込む。城側は女子どもまで鍬や鋤、はたまた何の変哲もない棒切れなど武器とはいえない得物を手にして狂ったように兵士たちに襲いかかる。


「邪悪な魔王を討ち滅ぼせ!」


「天使様、私たちに奇跡を!」


「亜人どもを皆殺しにしろ!」


 統一帝国軍のマスケット銃と槍で敵軍はバタバタと倒されるが、神風特攻は止まらない。一回二回死んでも人間に転生できるので、無理矢理乱戦に持ち込まれるのだ。物陰で震えている女子どもを助けようとした兵士が刺されるというケースも多発した。


 それでも、統一帝国軍が敗れることはない。抜刀しての乱戦になったとしても、経験値が違いすぎる。小一時間ほど戦えば教団側の住人たちは城砦を捨てて壊走した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ