エピローグ
地上へと戻ったサタンエル・サルターンは分離してシン、羽流乃、麻衣、冬那がその場に出現する。シンの姿に戻った瞬間、右手にはめていたはずの空の指輪は両方とも消失した。シンの精神が高揚しなければ、そもそも出現させることさえできないらしい。
心地よい疲労感に包まれながら、シンは安堵のため息を漏らす。
「一時はどうなることかと思ったけど、みんな戻ってこられてよかったよ」
「まだ終わりではありませんわ。油断しないでくださいまし」
羽流乃は警告する。確かにミカエルは健在だ。おまけに空の指輪は消えてしまったし、サタンエルSとなったことで他の指輪も消耗しきっている。火の指輪、風の指輪、水の指輪に貯め込まれていた魔力は綺麗さっぱり使い切っていた。地の指輪は取り込んでいないので使えるだろうが、やはりウリエルと戦って消耗はしている。アスモデウスだけでミカエルに勝てるのか。
だが麻衣はあっさりと言い放った。
「いや、終わりやで」
「そうですね。もう戦う気力はないでしょう」
冬那はがっくりとうなだれているミカエルに目を落としながら同意する。魔力とは精神の力だ。心が折れてしまったら、戦うことなどできない。
四つん這いになってうなだれたまま、ミカエルは声を絞り出すように申し出る。
「……降伏します。命だけは助けてください」
「今さらんなこと言われてもなあ……」
ミカエルが今までやってきたことをシンは忘れていない。こいつのおかげでシンもみんなも酷い目に遭ってきたのだ。後々また何か起こされても困るので、処断すべきではないだろうかとシンでも思う。こいつがいらないことをするたびに、何の罪もない民衆からシンたち自身まで危険に晒される。
「そ、そう言わずにご慈悲を! どうか! どうか! お願いします!」
ミカエルは涙と鼻水で顔をベタベタにしながらシンにすがりついてくる。死の恐怖におびえているのか、ミカエルは震えてさえいた。その姿に天使の威厳など全くない。
シンは困った顔をして頭を掻くばかりだ。羽流乃が重々しく告げる。
「処刑しましょう。後に禍根を残すべきではありません」
「そうだね、僕もそうすべきだと思う。まだアスモデウスの力なら使えるよ。今すぐ、やろう」
葵も羽流乃に賛同し、はめている地の指輪を撫でる。ここに至って、シンも決断した。
「……そうだな。これ以上、みんなを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「ま、待ってください! 私であれば、歌澄さんを確実に元の世界に返すことができます!」
青白い顔でミカエルは声を上げる。麻衣はやれやれと嘆息した。
「何を言うてるんや? あんたの力を借りんでも、ウチらだけでも帰れるわ」
サタンエルSの力であれば、次元の壁を破って現世に行くことも充分可能だ。ミカエルの助力など必要ない。
「あ、あなたたちは元の世界の座標がわからないでしょう! 私は現世に体を置いてきているので、正確な座標がわかる!」
「あんただけやなくて葵の体もあるやろ? ウチらは葵の体を感知したらええだけや。アホちゃう?」
麻衣はミカエルを心底蔑んだ目で見下ろし、吐き捨てる。さらに葵が続けた。
「そもそも僕は帰るなんて一言も言ってないからね。僕に帰る……気は……」
葵はふらついたかと思うと、その場に倒れる。シンは慌てて駆け寄り、葵を助け起こした。
「葵! しっかりしろ! どうしたんだ!」
「うぅ……」
葵は弱々しくうめくばかりだ。シンは葵の手を取って絶句する。葵の手が半透明になって消えかけている。戦いが終わって緊張の糸が切れ、症状が悪化したのか。
「ふむ……。本体が徐々に弱ってきているといったところですね……。しばらくは保つでしょうが、これは危ないですよ……」
ミカエルは完全に他人事な感じでつぶやく。もはやミカエルに構っている暇はない。
「シン先輩、とにかく王宮に運びましょう!」
冬那の言葉に従い、シンは葵を担いで王宮に走る。異様なほどに葵の体重が軽く感じられた。




