33 完全勝利
「燃え盛る太陽よ! 俺に力を貸せ!」
まずは〈リヴァイアサンの盾〉を封じようと考えたのだろう、ウリエルは空に太陽を出現させた。太陽の力で周囲の気温がどんどん上昇する。それこそ、水が一瞬で蒸発するくらいの温度に。そしてウリエルはここで終わらない。
「戦神の星、火星よ! 戦火を広げてやれ!」
火星まで呼び出し、ウリエルは双方の攻撃力をぐんと引き上げる。防御無視で魔法を撃ち合い、デスマッチをやろうという趣向だろう。しかしサタンエル・サルターンに付き合う義理はない。サタンエルSも全ての魔王の力を操れるようになっているのだ。サタンエルSは無造作に魔法を唱える。
「『神の業火』!」
ウリエルの作った太陽を飲み込まんばかりの巨大な火球が出現し、ウリエルの方へ突進する。火星の効果で〈炎の剣〉でも消しきれないであろう威力に膨らんでいる。しかしウリエルは難なく避けた。
「ハハッ! どこを狙ってやがる!」
「いや、これで合ってるぜ」
火球はウリエルの作り出した太陽を直撃する。太陽さえも焼き尽くす魔王の炎。太陽は燃え尽きて、周囲の温度は元に戻る。それだけでも充分な戦果なのに、火球はふらふらと飛んで火星も破壊してから消えた。一撃必殺の魔法をいくらでも撃てるサタンエルSにとって、止まっている標的など潰してくれと言われているようなものだ。
しばらくウリエルは唖然としていたが、すぐに笑い出す。
「ハハハハハッ! 俺としたことが、小細工に走るとはな! やっぱり殺し合いは正々堂々真っ正面からやるべきだよな!」
ウリエルは〈炎の剣〉を抜いて猪のごとくまっすぐサタンエルSに突進してくる。雑魚とは違うので、〈ルシフェルの鎧〉の力では焼殺できない。魔法を撃ったとしても〈炎の剣〉で消されて接近を許す結果になるだろう。
なのでサタンエルSは正面からウリエルとぶつかった。ウリエルは突撃の勢いそのままに剣を振り下ろすが〈リヴァイアサンの盾〉に軽く弾かれ、逆に〈ベルゼバブの剣〉で反撃を受ける。
一振りでウリエルの左腕と左の翼は切断された。〈ベルゼバブの剣〉は伸縮自在の風を纏っていて、ウリエルをもってしても攻撃範囲を読めないのだ。間合いを計れないということは、剣では決して勝てないことを意味する。なおもウリエルは諦めない。
「風は厄介だな! だが、この能力は止められないだろう!」
ウリエルは光になってサタンエルSの視界から消えようとする。サタンエルSは〈ベルゼバブの剣〉に風の攻撃力を付与している代わりに『命の剣』を発動させてはいない。ウリエルは重力に囚われる心配なく光と化した。
だが『命の剣』を使わないのは必要ないからに過ぎない。サタンエルSは炎の翼を羽ばたかせて加速した。ウリエルは実体化した瞬間に盾で殴られ、這々の体でまた光になって逃げる。サタンエルは悠然と追いかけ、実体化した瞬間をまた狙う。
「でたらめなやつめ! 光になった俺を捉えるとは……!」
さすがに一瞬で光速まで加速するのは無理だが、目で追う程度は余裕だ。この姿なら、五感も魔族としての限界を超えて研ぎ澄まされている。ウリエルは辛うじて剣を避けるが、サタンエルSはバチバチと帯電し始めた〈ベルゼバブの剣〉を空に向かって振り、魔法をねじ込む。
「『天の雷』!」
一瞬にして黒い雷雲が空を覆い、巨大な落雷がウリエルを飲み込む。ウリエルは雷撃に身を焦がしながらも笑う。
「楽しいなあ、楽しいなあ! 俺はずっと捜していたんだ! 俺が本気になっても壊れないやつを!」
きっとウリエルは、ミカエルによってそういう風に歪められたのだろう。恐怖を感じることなく、戦いを楽しむことしか知らない。強さからして魔石まで人工物というわけではなく、元々そういう性質を持っていた者が覚醒したのだと思われる。そしてミカエルは彼から余計な感情を奪い去り、戦闘マシーンに作り替えた。
ウリエルは心底ウキウキした様子で剣を振るい、魔法を放つ。ウリエルは一つ一つが必殺技級の一撃をうまく繋げてくるが、通用するかは別問題だ。
サタンエルSは攻撃の全てを鎧、盾、剣で真正面から捌いて反撃を差し込み、ウリエルの腕、足、翼を次々ともいでいく。ウリエルはそのたびにありあまる魔力で体を再生するが、全く意味をなさない。どう手足をばたつかせようが、サタンエルSは冷静に対処して潰していくだけである。蟷螂の斧はいとも簡単に砕かれていく。
「全然怖くないな! あんたの剣には何も籠もっていない!」
背中に世界を背負っているサタンエルSとは違う。ウリエルはただ暴れたいだけのバカだ。完璧に確信する。俺はこいつに絶対負けるわけがない。
「バカか? くだらん精神論なんざ関係ねえ。強い方が勝つんだ。『強者の斬撃』!」
ここでウリエルは勝負に出た。ウリエルの剣から黒い炎がいっそう強く噴き出し、ほとんどビルのような大きさになる。まだここまでの魔力を残しているとは。間違いなくウリエルは強者だ。ウリエルは真っ白な天使の翼を羽ばたかせ、サタンエルSに巨大な炎の塊を叩きつけんとする。だが、サタンエルSはさらに強い。
「俺の方が強いって証明してやるよ。『魔王の一撃』!」
〈ルシフェルの鎧〉から伸びた炎の翼が空を覆わんばかりに広がっていく。ウリエルの一撃がサタンエルSを襲うが、〈リヴァイアサンの盾〉が噴出した大量の水で防いでしまう。ウリエルに付着した水はじわじわと氷結していき、魔力を封じていく。〈炎の剣〉から噴き出る黒い炎は、鎮火した。
そしてサタンエルSは〈ベルゼバブの剣〉を高く掲げる。剣を中心に巨大な暴風と雷が発生し、その中に火球と氷塊に、重力球までもが混じる。嵐は闇の渦へと変化し、莫大な魔力を注いで無理矢理作り上げた全属性攻撃は完成する。
「そうか! これが俺の待ち望んでいた瞬間か!」
ウリエルは歓喜の表情を浮かべ、サタンエルSは剣を振り下ろす。サタンエルSの魔法は、破壊天使さえ破壊する。全ての属性を網羅した闇の渦は狂ったように笑うウリエルを飲み込み、その身を原子レベルで粉砕した。
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