32 最後の魔王
羽流乃、麻衣、冬那を奪還されてウリエルの魔力はしぼみ、逆にサタンエルは三人から魔力を受け取れる。形成は完全に逆転した。
「ハハハハハッ! 面白い! 面白いぜ! ずっと俺は、俺より強いやつと戦ってみたかったんだ!」
ヤケクソになったのか、ウリエルは狂ったように笑う。そして剣を構え、口角を大きくつり上げて言った。
「俺の退屈が終わるときが来たようだな! さぁ、男と男の勝負をしようぜ!」
今のサタンエルは小学五年生女子の姿なのだが。冷ややかにサタンエルは告げた。
「言ってるだろ。俺は一人で戦う気はない。羽流乃、麻衣、冬那! 力を借してくれ!」
サタンエルの言葉に、三人はそれぞれ力強くうなずいた。
「もちろんですわ!」
「ウチの力があれば絶対勝利間違いなしや!」
「私の力でよければ!」
三人の姿がバランスボール大の巨大な光球に変わり、次々とサタンエルの体に吸い込まれていく。剣、盾、鎧が勢いよく弾け飛び、サタンエルは再び未熟な裸体を晒した。
小学五年生女子の体はどんどん成長し、今の葵と同じくらいになる。髪も伸びて、丸っきり今の葵となった。サタンエルは絹のように白い肌、ほどよく膨らんだ双丘、風にそよぐ淡い陰りを惜しげもなく晒す。美術品のように美しい裸体を見せつけながら、サタンエルは全ての魔王の力を展開する。
「「「「全ての魔王の力を一つに! 顕現せよ、最強にして最後の魔王サタンエル・サルターン!」」」」
深紅の甲冑、群青の盾、そして濃緑に輝くバスタードソードで武装し、最強にして最後の魔王サタンエル・サルターンは顕現する。鮮やかでかえって毒々しい〈ルシフェルの鎧〉、〈リヴァイアサンの盾〉、〈ベルゼバブの剣〉を装備した姿はまさに魔王だ。その魔力はウリエルさえも遙かに超え、出現しているだけで大地を揺らすほどだった。
「みんなの魂が宿ったこの姿で、絶対に負けるはずがない! 終わらせてやるぜ!」
アスモデウスの体に、ルシフェル、リヴァイアサン、ベルゼバブの魂が宿っている。全員の精神が最高潮に高揚していた。その魔力はほとんど無限に近い。
「受けて立つぜ!」
ウリエルは嬉しそうに剣を構える。サタンエル・サルターンが現れたことでウリエルの魔力も強化された。サタンエル・サルターンの魔力が強すぎて、魔王十人分以上にカウントしているのだ。
「こ、これはいけません! 私も加勢しましょう!」
真っ青になってだらだらと汗を垂らしながら、ミカエルは使い魔のドラゴンを多数呼び出す。ウリエルはミカエルを一喝した。
「おい、バカ! 余計なことすんな!」
「そ、そんなことを言っている場合ではないでしょう! あなた一人では、勝ち目がない!」
今回ばかりはミカエルも引かない。それだけサタンエル・サルターンを脅威に思っているのだ。しかし、サタンエル・サルターンは一顧だにしない。
「構わねえよ。まとめてかかってこい」
五月雨式にミカエルが呼び出したドラゴンが炎のブレスを吐き出しながら飛びかかってくる。サタンエル・サルターンは〈ルシフェルの鎧〉から炎の翼を伸ばし、悠然と宙に浮いた。
サタンエル・サルターンが自然体で構えているだけで、襲いかかるドラゴンたちは次々と発火してのたうち回りながら灰となる。〈ルシフェルの鎧〉の効果だ。半端な使い魔は全く用をなさない。近づいただけで即死する。
サタンエル・サルターンはミカエルを見下ろし、宣告する。
「わかったろ? 先生の出る幕じゃないんだ。引っ込んでいてくれ。ちなみに、逃げたり暴れたりしたら殺すからな」
「ヒイッ!」
サタンエル・サルターンであればミカエルを殺すことなど赤子の手をひねるより簡単だ。片手間で、一瞬でできる。ミカエルが背中を向けた瞬間に魔法で絶命させて見せよう。ミカエルは悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「邪魔者は黙ったようだな……! やろうぜ!」
ウリエルも天使の翼を広げ、二人はどちらともなく空に飛び上がる。二人は剣で巴戦を繰り広げつつ、魔法を撃ち合う。
「おまえは確かに強くなったのかもしれん……。だが、俺の能力も全てが解放された……! 『破壊の矢』!」
無数の黄金の矢が出現し、高速でサタンエルSを貫かんと迫る。遠距離攻撃まで使えるようになったらしい。対するサタンエルSは炎の翼をゆっくりと羽ばたかせるだけだ。刹那、無数の矢は全てが燃え上がり、サタンエルSに届くことなく燃え尽きる。
「『神の業火』!」
次にウリエルは巨大な火球を放つ。ルシフェルの魔法だ。ウリエルは一度封印した魔王の魔法を全て使えるようになっていた。ピクリとも表情を変えず、サタンエルSは〈リヴァイアサンの盾〉を掲げて防御する。
「〈リヴァイアサンの盾〉! その力を示せ!」
盾を中心に壁を形成するかのごとく水が噴出し、火球を受け止める。水の壁は火球を通さない。〈リヴァイアサンの盾〉は魔力を封じる力があるのだ。火球は水の壁に飲み込まれて消えてしまった。間髪入れずウリエルは次の魔法を撃ち込んでくる。
「『天の雷』!」
轟音とともに頭上から雷がサタンエルSを襲う。頭上からの雷であれば〈リヴァイアサンの盾〉をかいくぐれると思ったのだろうが、あまりに浅はかだ。盾から噴き上がる水はサタンエルSの上方を守るように伸びていき、雷を受ける。雷は盾から出る水に吸収され、静電気ほどもサタンエルSは感電しない。
物理攻撃は〈ルシフェルの鎧〉の炎で焼き尽くし、魔法攻撃は〈リヴァイアサンの盾〉の水で封じる。ウリエルはありあまる魔力が実現するこの鉄壁の防御を破ることができない。ウリエルは嬉しそうに吠えた。
「堅いな! だからこそ攻略し甲斐がある!」




