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28 勝利の手筋




「世界を作るは地の力! 背負いし罪は命を育む色欲! 甦れ、魔王アスモデウス!」




 シンと葵が唇を重ねた瞬間、シンの体は変質して黄金の鎧で武装し、黄色のマントをはためかせた地の魔王アスモデウスが顕現する。魂が抜けて倒れた伏した葵自身の体が、地面に飲み込まれて地下深くに隠される。


「誰かのために戦おうとするとき、色欲は愛に変わる……! 僕の愛は世界を救う。覚悟するといい」


 不思議と、今まで葵を悩ませていた不調を全く感じなかった。しかし、当然だろう。みんながシンと葵を皇帝だと、王だと認めてくれたのだ。シンが、葵が必要だと言ってくれたのだ。力を出さないわけにはいかない。


「覚悟するのはおまえの方じゃないのか? ここにいる人間を生贄にでも捧げねえ限り、おまえは俺には勝てんぜ」


「僕は魔王だ。関係ない」


 アスモデウスは言い切った。アスモデウスが生まれた時代ほどではないにせよ、今だって色欲の狂気は世界に魔力を生み出し続けている。この世に色欲の感情が渦巻く限り、アスモデウスの力は理論上無限である。生贄は、色欲の力を引き出すためのトリガーに過ぎない。


 無論、何もなしに巨大な魔力を引き出すなど、魔王だとしても事実上ほぼ不可能だ。だから生贄のトリガーで世界に渦巻く色欲から魔力を補充しないと、指輪に溜まっている魔力を使い切った時点で終わってしまう。それでも、やってやる。


「『命の剣』!」


 出し惜しみはしない。さりとて、決着を急ぐ気もない。アスモデウスとウリエルは『命の剣』と〈炎の剣〉で斬り合いを演じる。アスモデウスは重力制御で自分の体重を軽減して軽業師のように跳ね回り、ウリエルを翻弄する。


「どうした? 前みたいに小細工してくれてもいいんだぜ?」


「僕の魔力切れでも狙ってるのかな? 残念ながら今日に限ってはそれはないよ。『鉄の槍』!」


 アスモデウスは数丁のマスケット銃を背面、側面に回り込ませて、ウリエルを四方八方から射撃した。前回戦ったときよりウリエルはパワーアップしているにもかかわらず滑らかに動くマスケット銃の射撃を避けきれず、数発を被弾する。


「ハハハッ、おまえは腕力がないからな、剣で戦うだけだと物足りなかったんだ!」


 ベルゼバブとの戦闘で負った傷も残っているのに、ウリエルは上機嫌だ。ちょうどいいハンデをつけられてご満悦らしい。


「君の言う小細工も、戦いに勝つためには必要だってことを教えてあげるよ! 『金の鎖』!」


 アスモデウスのばらまいた種から金色の鎖が伸び、ウリエルを拘束する。一瞬でウリエルは引きちぎるが、そこをマスケット銃の一斉射撃が襲う。ウリエルは徹底的に足を撃ち抜かれて動けなくなった。アスモデウスはこのチャンスを逃さない。


「『金の斧』!」


 空中に巨大な金の斧が出現し、ウリエルを両断しようと重力に任せて落ちてくる。ウリエルは腕力にものを言わせて受け止めようとするが、その間もマスケット銃は銃弾を撃ち込み続ける。


「チッ! いい加減本気を出さないとまずいか!」


 ウリエルは光になって『金の斧』と『鉄の槍』から逃れた。即座にアスモデウスは『命の剣』の魔力を解放する。


「逃がさないよ!」


 アスモデウスの頭上にブラックホールが形成され、周囲の全てを吸い込もうとする。光さえも吸引する、闇より黒い闇。もしもウリエルが光になったままならば、そのまま吸い込んで終わりだ。実体に戻った瞬間に重力ですり潰されて即死である。


 しかしウリエルもさすがのもので、アスモデウスから少し離れたところで実体化してブラックホールの重力に耐えていた。〈炎の剣〉である程度はブラックホールの吸引力を減じれるらしい。ウリエルは剣を構えてゆっくりと足を踏み出し、じりじりとアスモデウスに近づいてくる。その間もブラックホールの勢いは衰えない。


「魔力は精神に影響されるが、精神の力でここまで魔力を引き出すとはな……!」


 魔力とは魂の力であり、魂の力とはすなわち精神の力である。通常は生贄というトリガーなしでは引き出せない色欲から生まれる魔力を、アスモデウスは精神力だけで引き出し続けているのだ。ウリエルは満面の笑みで宣言する。


「見くびっていて悪かった。本気で楽しく遊ばせてもらおう!」


 ブラックホールに捕まらないようにゆっくりと、しかし着実にウリエルはアスモデウスに接近する。アスモデウスにウリエルを止める手立てはない。他の魔法を出しても、全てブラックホールに吸引されて用をなさないのだ。やがてウリエルは頭上にブラックホールを展開したままのアスモデウスに斬りかかる。


 アスモデウスは『命の剣』で応戦するが、当初の切れはない。跳んだりはねたりしてウリエルを翻弄することはできず、ただ剣を打ち合うのみである。今のアスモデウスをもってしても、ブラックホールを維持し続けるのは重すぎる負担だった。


 かといってブラックホールを消せば、ウリエルの光になる能力に対抗できない。必ず数手後にウリエルの姿を見失い、強烈な一撃を喰らってしまう未来が待っている。不利とわかっていて、アスモデウスは剣の勝負をするしかない。


「参ったな……! こんなことになるなら、羽流乃みたいに剣の練習をしておけばよかった」


「オラオラ鈍いぞ! そんな程度か!?」


 軽口を叩いている間にもアスモデウスは追い詰められていく。そしてついにウリエルの一撃で剣を横に弾かれ、アスモデウスは致命的な隙を晒してしまう。


「終わりだあああ!」


 気合いの声とともにウリエルが剣をねじ込んでくる。とっさにアスモデウスは鎧に魔力を注いで硬化させたが、〈炎の剣〉はその防御さえ突破した。アスモデウスは心臓を串刺しにされて吐血するが、それでも笑って見せる。


「これで君も逃げられない。そうだろう? 『命の剣』!」


 光となったウリエルを捕まえられなかった時点で、この手しかないと覚悟していた。限りなく自爆に近い相討ちを狙う。


「チイッ!」


 ブラックホールはまっすぐ落下し、アスモデウスとウリエルを飲み込む。直後にブラックホールは大爆発を起こし、二人の体を吹き飛ばした。必死に爆発の方向を上へと制御しながら、アスモデウスは最後の魔法を唱える。


「『命の円環』……!」


 せめて、シンの魂を現世に。アスモデウスの体は粉々に消し飛び、後には雲を突き抜けんばかりに空高く粉塵が昇った。

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