26 報い
嵐と雷が止んだとき、広場の中央には火傷と切り傷でボロボロのウリエルが仁王立ちしていた。
「さすがは魔王の端くれだ……! なかなか楽しませてもらった! だが、俺を倒すには火力が足りないなあ!」
ウリエルは剣を振りかぶって突っ込んでくる。全ての魔力を放出したベルゼバブはその場から動くことさえできない。
なのでベルゼバブは魔王の姿を維持するのをやめ、分離した。シンはその場に倒れ、出現した麻衣が前に飛び出る。「やめるんだ、麻衣!」。葵が半ば悲鳴のように叫んだ。
「ほう……! チビのくせになかなかいい根性じゃねぇか!」
「こうすれば、確実に葵があんたを倒してくれるからな……! 後は頼んだで、葵……!」
止めようとしたが止まらなかったのだろう、ウリエルが振り下ろした剣は麻衣の体に食い込んでいた。麻衣はじきに死に、魔王の数が減ったことでウリエルは弱体化する。
「だが残念だったな。俺の〈封印の水晶〉に入ったら傷は回復しちまうんだ」
「あんた自身の体もその水晶で回復魔法が掛かってるんか?」
「よくわかったな。その通りだ」
魔王との連戦を難なくこなしているからくりも〈封印の水晶〉だった。麻衣の体が水晶に吸い込まれる。
「休んでいるといい。永遠にな!」
魔力を消費してウリエルは自分の体を修復し、シンを見下ろす。
地面に倒れていたシンは、麻衣が封印されるのを見ていることしかできなかった。しかし、麻衣の遺志を無駄にするわけにはいかない。苦痛に痺れる体を起こし、シンは剣を呼び出す。
「地の力に火の支配! 鉄よ! 俺に剣を!」
シンは出現した剣を掴みつつ、地の指輪で体を軽くしてバク宙を決め、ウリエルとの距離をとる。そして、葵に呼びかけた。
「葵、行くぞ!」
葵はシンの傍まで来る。しかし、それから首を振った。
「ごめん、シン、みんな……。もう無理なんだ。もう僕は、戦えない」
葵は右手の袖をまくってみせる。葵の右手は、幽霊のように全体が透けていた。
「フン、現世の肉体に魂がかなり引かれているようだな……」
ウリエルは鼻を鳴らす。葵は申し出た。
「……降伏するよ。ミカエル、君の要求を聞かせてほしい」
「フフフッ、いいでしょう! これも神の思し召し! 私としましては……」
ミカエルはニンマリと笑って喋り始めるが、ウリエルが声を荒げて最後まで喋らせてもらえない。
「はぁ? 今さら、そんなの認められるわけねーだろうが! 最後までやらせろ! 俺はまだ暴れたりないんだよ!」
「ウ、ウリエル! 昨日は彼女を天使として現世に帰すと言っていたではないですか!」
「知るか。気が変わった。ここにいるやつらは全員皆殺しにする。人間だの魔王だの知ったことか。消えちまえば全部一緒だ」
ウリエルの無茶苦茶さ加減にこの場の誰もが絶句する中、フィリップだけが笑顔を見せる。
「すばらしい! さすがはウリエル殿! 皇帝を騙る邪悪な魔王も魔王に誑かされて我々に剣を向けた愚かなる者も、この世界には必要ない! ウリエル殿、どうせならこの町ごと消滅させてやりましょう! その方が派手でいい!」
「そりゃあ痛快だ!」
ウリエルとフィリップは二人でゲラゲラ笑って勝手に盛り上がる。はっきり言って頭がおかしい。たまらずシンは怒鳴った。
「ふざけるな! それが天使だの皇帝だのと名乗ってるやつらのやることかよ!」
周囲全員の意見を代弁したシンの抗議をフィリップは鼻で笑った。
「何を言っているのだ? 私は神聖皇帝フィリップ一世だぞ? 私がやることが正義で、そうでないことは全て悪だ」
「勝手すぎるだろ!」
天使になって気が大きくなっているのか支離滅裂なことをのたまうフィリップに、シンは怒りを覚える。この男は何のために皇帝を目指しているのだ。しかしウリエルはフィリップを肯定する。
「勝手だと? だからどうした。強ければ何をしても許されるんだよ。おまえらもこの世界で散々勝手なことをやってきたんじゃねーの? 次はおまえらの番ってだけだ。おまえらは、今からやり返されるんだよ。だから、全力で抵抗しろ。そうしてくれないと面白くないからな!」
「……!」
シンたちはやり返されているだけ。ウリエルのその言葉に、シンは何も言えなくなる。確かにそうかもしれないと、思ってしまったのだ。
「ウリエル殿の言うとおりだ! 種なしなどに統治される屈辱は、返上させてもらわなければならない!」
フィリップも威勢よく吠える。しかしここで、ロビンソンが静かに問い掛けた。
「フィリップ様。あなたは皇帝となって、この国をどのようにするおつもりなのでしょうか?」




