25 速攻
「ててててて……。加減を間違えちまったなあ……。光の力はこれだからやりづらいぜ」
外に出たシンが見たのは崩落した王宮の壁と、瓦礫から出てくるウリエルだった。遅れてミカエルとフィリップも埃を払いながら出てくる。
「さすがはウリエル殿、豪快だな!」
「油断していてはいけません……。ここには魔王がいます……」
「何、その魔王も我々の力があればすぐに全滅させられるでしょう。はっはっは」
フィリップが余裕のつもりか、のんびりと笑ってみせる。
「これも天使の力ということですか……」
「フィリップ様まで……! 陛下も囚われていて、いったいどうすれば……!」
「まるででたらめだな……! 陛下は、本当にあの化け物に勝てるのか!?」
ロビンソンが険しい表情でつぶやき、ベルトランとレオンもうなる。前シルフィード王カルルは隣の間宮に尋ねた。
「私たちの力で、どうにか陛下を助けられないだろうか……?」
「カルル君、それはどうやっても無理だわ。アリとゾウが戦うようなものよ……! 私たちは神代たちに頼るしかない……!」
騒ぎを聞きつけてグノーム、シルフィード、サラマンデルの政府高官や軍司令官クラスが集まり始めていた。危険な状況である。シンの政権中枢を担う高官たちが一網打尽にされかねない。
「光の能力でこんなことまでできるんやな……!」
麻衣は歯噛みする。普通に飛行してきたのなら魔力反応で必ず事前に察知できる。ウリエルは光の能力でこちらが察知する間もなく天使を連れて乗り込んできたのだった。
昨日の戦いから、てっきりウリエルの光の力は近くを飛ぶしかできないと思っていたが、長距離移動も可能ならしい。ただ近距離に比べてさらに目標点がアバウトになるので、戦闘には使えないということだろう。
軍を引き連れずに天使だけで突然乗り込んでくるというのは完全に想定外である。昨日の戦いの傷もあるので、最低でも数日掛けてフィリップがキャンサーを掌握してからだと誰もが考えていた。以前のフィリップなら必ずそうしたはずだ。天使になったことで、フィリップは変わっていた。
「何が目的ですか?」
ロビンソンは臆することなく天使に尋ねる。
「それはもちろん、邪悪なる魔王を……」
「決まってるだろう。戦いを楽しみに来たんだよ。あまり俺を退屈させてくれるな」
お題目を唱えようとしたミカエルを遮り、ウリエルは不遜に告げた。その様子を、葵は真っ青な顔で王宮の二階から見ている。まだ戦いは無理そうだ。でも、葵ならきっと立ち上がれる。
「やるしかなさそうだな……!」
葵の方をチラリと見てからシンは覚悟する。
「せやな。ウチは捨て石でもかまわへん。いくで!」
まだ葵とともに戦うのは厳しい。せめて、麻衣とともに少しでもウリエルの力を削ってからだ。シンと麻衣はキスをする。
「世界に満ちるは風の力! 背負いし罪は命を守る暴食! 蘇れ、魔王ベルゼバブ!」
緑の外套に黒い翼の魔王は一陣の風とともに降臨する。王宮の前は広場になっているので、戦うのに支障はない。あまり大技を使わなければ町への被害もないだろう。
「自分の弱さを認めたとき、暴食は分け合う強さに変わる……! 相手が天使だろうが悪魔だろうが、ウチは負けへんで! 『風の弾丸』!」
開幕早々、ベルゼバブはウジ虫たちを散弾のようにウリエルたちに向けて撃ち込む。ウリエルでなくても、ミカエルやフィリップに当たってくれてもいい。
しかし、ベルゼバブの目論見はあっさりとはずれた。〈炎の剣〉を抜いたウリエルが刀身から真っ黒い炎を伸ばし、ベルゼバブのウジ虫を焼き尽くしてしまう。一発たりとも、天使たちに『風の弾丸』は当たらない。
だからといって全く無意味というわけではない。黒い炎がウリエルたちを覆った一瞬の隙に、ベルゼバブはハエを飛ばしていた。
「行け! ハエちゃんたち!」
供物の手配は間に合わなかった。ハエはレオールの民家に侵入し、食糧を喰らって卵を産み付け、どんどん増えていく。後で補償するので、今は許してもらおう。ウリエルの突進を闘牛士のように避けながら、ベルゼバブは増えてきたハエを集めて魔法を発動する。
「『ハエの現し身』!」
あっという間にベルゼバブの数が四体に増えた。一度本体も無数のハエにばらけてから『ハエの現し身』の出現とともに再構成したので、ウリエルは本体を見失ったはずだ。四体のベルゼバブはウリエルを包囲して、一斉に『風の刃』を放つ。複数方向からの鎌鼬は〈炎の剣〉でも消しきれず、ウリエルはその身を切り裂かれる。
「思い出したぜ! そういえば小細工ばかりしてくる面倒くさいやつが一人いたんだった! 今まで何やってたんだ? 隠れてたのか?」
「「「「決まってるやろ! おまえを殺す準備をしてたんや!」」」」
安い挑発には乗らない。ベルゼバブたちはちょこまかと動き回りながら、次は『風の弾丸』を乱れ撃つ。さすがのウリエルも全て避けきることはできず、何度かは喰らってしまう。ウジはウリエルの体を喰らってハエとなり、魔力を吸い取るがウリエルは全く堪えた様子がない。
「全くつまらない技ばかり使いやがって……! 効かねえよ、こんなもの!」
ウリエルが体から魔力を放出する。ウリエルの体に巣くっていたウジ虫は即死した。ウリエル自身の耐性も強いため、ほとんど魔力を奪えていない。元々のウリエルの魔力がとてつもなく多いので、ウリエルは蚊に刺されたほどもダメージを受けていないだろう。
さらにウリエルは光になる能力を使用し、ベルゼバブたちの包囲から脱出する。ベルゼバブは出現位置を察知するとともに攻撃を仕掛けるしかないが、ウリエルの攻撃の方が遙かに早い。
「遅えっつーの!」
一体のベルゼバブを、ウリエルは一撃で斬り捨てる。ベルゼバブは炎上しながら消滅した。やはり、まともに戦っていてはまず勝てない。余裕があるうちに勝負に出る必要がある。攻撃直後の今がチャンスだ。
「「「『天の雷』!」」」
ここでベルゼバブはばらまいていたハエたちを生贄に、広場を埋め尽くさんばかりの雷を落とした。ウリエルは直撃を受け、光になって逃れることもできない。ベルゼバブは雷を落とし続け、ウリエルは感電し続ける。
「ハッハッハッ! 小細工もここまで来れば気持ちがいいぜ!」
落ち続ける雷に焼かれ、全身から白い蒸気を噴き上げながらウリエルは楽しそうに笑い、光になることなくずんずんと歩いてくる。そうしてまた一体のベルゼバブの前に立ち、〈炎の剣〉を振り下ろした。
「残り二体だ!」
同時にベルゼバブはもう一体のベルゼバブを生贄に捧げて全ての魔力を注ぎ込み、最強の魔法を発動した。
「『生贄の嵐』!」
剣を振り下ろした直後なので、剣による防御はできない。魔力を帯びた暴風が射出され、ウリエルを飲み込む。ウリエルは避けることも防御することもできず、正面から受けた。
「やったか……?」




