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23 女王不在の王宮

 シンたちとその軍勢はレオール王宮郊外の草原に出現する。限界だった。


「風の力に水の支配! 花よ、咲き誇れ!」


 シンはそのままうつ伏せに倒れ、体を花に包まれながら意識を手放す。今のシンなら、魔法を維持したまま眠ることもできそうだ。絶対に自分は死なないという確信を持ちながら、シンは眠りについた。



 崩れ落ちたシンの傍らに、葵は茫然自失といった様子で座り込む。撤退に成功したにもかかわらず、兵士たちも全ての希望を奪われたかのようにへたり込むばかりだ。


 麻衣もしばらくの間呆然としていたが、これではいけない。パンパンと自分の頬を張って気合いを入れ、皆に号令を掛ける。


「何をぼんやりしてるんや! シンちゃんと葵を王宮に運ぶで!」


「野営の準備も必要ですね……。そちらは私が仕切りますので、麻衣様は皇帝陛下と葵様をお願いします」


 麻衣が落ち着くのを待っていたのだろう、ロビンソンは申し出る。一万五千人をレオールに収容するのは無理なので、こちらも段取りが必要だった。兵士たちをロビンソンに任せて、麻衣はレオールの王宮に向かう。


 突然遠征軍が戻ってきたことで王宮は騒ぎになっているだろう。王宮へと敗戦を伝えるのは麻衣の仕事だった。シンを寝室に寝かせ、葵を客室に放り込んだ後、麻衣はサラマンデル政府首脳を集めて広間で状況を説明する。


「……というわけで羽流乃ちゃんは向こうに残った。ウリエルの魔力が減ってないっぽいから、羽流乃ちゃんは封印されただけで無事や。ウチらで羽流乃ちゃんを取り戻さなアカン」


「なんということだ、陛下が……」


「フィリップ様まで天使になったとは……」


「もし破壊天使とフィリップ様がこのままレオールに攻め込んでくれば、我々は……!」


 臣下の一人が、頭を抱えてうずくまった。他の者たちも先ほどまで騒然としていたのが嘘のように沈黙とともにうなだれる。フィリップからすれば、この場にいる者は全員ベルナンド家からエゼキエル家に鞍替えした裏切り者だ。どう考えても皆殺しにされる。


 羽流乃に留守を任されていたベルトランは青白い顔をしながらも顔を上げ、言った。


「……陛下が不在であるからこそ、我々がしっかりしなければなりません。フィリップ様を迎え撃つ準備をしましょう! 皇帝陛下は無事です! 我々はまだ戦えます!」


「う、うむ……。そうだな」


「まだ魔王は二人いる。終わりではない……!」


 ベルトランの言葉で王宮の貴族たちはどうにか元気を取り戻す。


「向こうもすぐに攻め込んでくるのは無理や。アスモデウスとベルゼバブのための供物を集めよう。供物さえあればウチらはウリエルを超えられる!」


「さっそく徴発計画を立てます! 分担しましょう! まずジョルジュ殿は……」


 ベルトランが皆に指示を出し、王宮は動き始める。王宮はベルトランに任せておけば問題ないだろう。次は葵だ。




 葵がいる客室をノックして、麻衣は入室する。


「葵、具合はどうや?」


 椅子に掛けてうなだれている葵に麻衣は声を掛ける。調子はよくないものの、小康状態を保っているといったところか。問題は、葵が戦えるかどうかである。


「……そろそろ裏切り者が出てる頃なんじゃないの。僕に構ってないで、そっちを確認した方がいいよ」


 葵はぼそぼそとくだらないことを言う。麻衣は嘆息した。


「何を言うてるんや。みんな、動き始めてるで。勝つために」


「サラマンデルの人たちはそうだろうね。負けたら処刑されるから」


 葵はふてくされたように顔を背ける。自分が麻衣やシンたちと違い、生きていると知って、葵は相当ショックを受けているのだった。だが、葵に落ち込んでもらっていては勝てない。


「何にせよウチらはやるしかないんや。戦えるか?」


「……当たり前だよ。生きているとか死んでいるとか、関係ないんだ。ウリエルを倒せばいいだけなんだ」


 葵の体は少し震えていて、空元気なのが丸わかりだった。麻衣は葵に勧告した。


「……おまえ、帰れ。現世に」


 初めてここで葵は顔を上げる。


「なんだい、突然。ウリエルが言ってたことを本気にしてるの? あんな気まぐれ、当てになるわけないだろ」


「せやろか? そっちの方が面白いと思ったらウリエルは協力してくれると思うで。それに、ウリエルの力を借りんでもアスモデウスの『命の円環』を使えば現世に転生できるんやないのか?」


 『命の円環』であれば魂を現世に送ることが可能だ。通常なら魂は胎児に入り込んで見知らぬ他人として転生するが、葵の場合は現世で収まるべき肉体がある。『命の円環』を自分に掛けることができるなら、葵は帰れるということだ。


「自分に魔法を使うのは問題なくできると思う……。でも、なんで僕が帰らなきゃいけないんだよ!」


「勝たなきゃアカンからや。魔王が一人減ったら、勝ち目が出てくる」


 葵が帰れば、ウリエルは魔力がしぼんで光の能力を使えなくなる。ウリエルに対して相性がいいとはいえないベルゼバブが少しでも有利に戦うには魔王の数を減らさなければならない。


 普通にやればアスモデウスやベルゼバブが死力を尽くして戦っても、ウリエルには勝てない。勝つためには魔王を減らしてウリエルを弱体化させるしかないというのが麻衣の結論だった。


「絶対に嫌だ……! 僕は帰らない! 帰ったって僕には何もないんだから……! あっちに帰るなら戦って死んだ方がマシだ!」


 葵は気色ばんで主張する。葵がシン以外にこんなに感情をむき出しにするのは珍しい。それだけ葵も追い詰められているのだ。麻衣は静かに尋ねた。


「じゃあ残って戦えるんか?」


「やれるだけは、やるさ……」


 葵の声が小さくなり、目を逸らす。麻衣はため息をつき、大袈裟に首を振った。


「それじゃアカンのや。ウチらは絶対勝つしかない。わかっとるんか? ウチらが負けたらウチらについてきた人間全員皆殺しや」


「……」


 だからこそ、麻衣は何としても葵を説得しようとしている。自分がどうとかいう話ではなくて、全員の命を預かっているから。本当は麻衣だってこんな提案、したくない。でも、この案以外に麻衣はウリエルに対して勝機を見いだせなかった。


「言っておくけど、誰も裏切らんで。みんなウチらについてきて、負けたらみんな殺される。せやから、絶対ウチらは負けられへん。ウチらが自己満足したらええという話やないんや」


「どうしてそんな風に人を信じられるんだよ……! 負けたら捨てられるに決まってるじゃないか」


 葵が何やら喚くが無視だ。大きく息を吸い込んで、麻衣はさらに続ける。


「それでもみんなの命を背負って戦うのなら、ウチは反対せん。その強い意志があれば、負けてももっと強い魔王に転生できるかもしれへんからな。冬那ちゃんがただの人間から魔王になったみたいに」


 自分でもできそうにないと思っていることを、遠慮なく麻衣は葵に押しつける。葵は大きく顔を歪ませる。実際、大魔王に転生するくらいの意志がないとウリエルには絶対勝てない。


「僕にどうしろって言うんだよ……」


 ヤケクソで戦ってやろうという魂胆を看破され、厳しい言葉をぶつけられた葵は声を震わせた。八方塞がりだ。葵には逃げ場がない。


「言ってるやろ? 勝つしかないんや」


 麻衣はそう言い残して部屋を出る。とことん追い詰め、発破はかけた。後は立ち直れるかどうかだ。だめそうなら……いや、いけそうでもシンと相談して現世に葵を帰らせるようにする。麻衣の冷徹な部分は、葵を帰還させるのが最善だと計算していた。

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