22 真実
魔王の姿を維持できなくなり、シンは羽流乃と分離してその場に倒れる。胸の傷は残ったままだ。シンは血だまりに沈み、炎から体を再構成した羽流乃も刀を構えながらその場に膝を突き、吐血する。
「葵さん、麻衣さん、早くシン君と!」
ダメージの半分は羽流乃が受け止めてくれたので、シンに見た目ほどのダメージはない。一刻も早くもう一度魔王となり、反撃しなければみんな死んでしまう。
「させるかよ!」
ウリエルは光となってシンでも羽流乃でもなく、そのずっと後ろにいる葵の元に向かう。周囲の近衛兵たちは慌ててウリエルにマスケット銃を向けるが、無駄だ。ウリエルが少し魔力を放出すると全員気絶した。ニ、三度光から実体に戻りながらウリエルは葵のところに到達する。光になれる距離はかなり限られているらしい。
「まずは一番厄介そうなおまえから封印させてもらうぜ……!」
「クッ……!」
光速を誇るウリエルから逃げられるわけがない。あっさりとウリエルは葵の首を掴む。肩の水晶が光り、葵を封印しようとする。しかしウリエルの水晶からは光が消え、葵を封印できずに終わる。
ウリエルは驚愕の表情とともに葵の首から手を離した。葵はゲホゲホと咳き込みながらその場に崩れ落ちる。
「てめぇ……! 生きてやがるな?」
「な、何のことだい……! 君の力が僕には及ばなかった、それだけだろう?」
ウリエルの一言に、葵はそう応じる。しかし、ユニコーンに乗って駆けつけたシンは見逃していなかった。
「葵、手が……!」
葵の手がガラスのように半透明になっている。葵はサッと手を隠すが、もう遅い。ウリエルは大袈裟にため息をつく。
「あ~あ、まさか死者の国に生者が紛れ込んでいるとはな。俺も一応は天使だ。これは考えさせてもらわなきゃならねぇな……」
葵が生きている……? その言葉でシンの頭は軽く混乱する。だが、言われてみれば納得できないことはない。だって葵は、現世の記憶を保持したままこの世界に落ちてきている。
普通に転生したのであれば、他の魔王と同様に葵は罪人とみなされて記憶を浄化されたはずだ。当時は気にしてもいなかったが、明らかにおかしい。その答えがこれだった。葵の肉体は生きている。きっと瑞季は葵が記憶を失わないよう、殺害せずに魂だけを抜き出してこの世界へと誘ったのだ。
「ウリエル! 余計なことを考えずにその女を消しなさい! その女は忌むべき魔王です!」
ミカエルは叫ぶが、ウリエルはニヤニヤするばかりだ。
「おまえがそう言うのなら、是非ともこいつは現世に帰さねえとなあ。それとも、俺とおまえで戦ってみるか?」
「グッ……! あなたには、私の力の一部を移しているというのに……!」
ミカエルはうめく。勝ちを確信したウリエルは遊んでいるのだ。また、魔王を一人消すとウリエルの力が減じて逆転される恐れがあるとも読んでいる。
「ウリエル殿、よくわからないがその女を殺すことはできないということだろう? ならば捕虜としたらよいのではないか? 残った者たちは、その女を奪還するために死に物狂いで向かってくるだろう」
フィリップが提案する。ウリエルは一人で戦っているわけではない。フィリップとその軍勢がいれば、捕虜の一人くらいとっても問題はない。
「それはいい考えだな」
「んなことさせるかよ!」
シンは剣を手にユニコーンで突撃を掛ける。ウリエルはひょいと避けるが、その間に麻衣が翼を広げて飛んできて、葵を回収する。
「シンちゃん、もうアカン! 逃げるで! 撤退や!」
麻衣は葵を抱えて飛びながら、シンに通告した。確かに勝ち目はなさそうだ。シンは風の指輪の力を発動させる。
「風の指輪! 俺たちを運べ!」
だが、これだけの大軍を撤退させるだけの風を吹かすにはかなり時間が掛かる。当然、ウリエルたちが指をくわえて待っていてくれるわけがない。
「見よ! 邪悪なる魔王どもは破壊天使ウリエル殿の前に敗れた! 全軍前進! この世界を脅かす賊軍を打ち破れ!」
まずフィリップが大号令を掛け、その軍勢が進軍を始める。歴戦のシルフィード軍はともかくとして、あからさまにウンディーネ軍は動揺した。勝手に持ち場を離れて逃げ出す者まで出始める始末だ。
「陛下たちが撤退の魔法を発動するまで保たせるぞ! 撃て、撃て!」
レオンの号令でシルフィード軍は果敢に反撃を開始した。シンはドラゴンを呼び出して空へと退避し、羽流乃や天使たちも同様に翼で飛び上がる。
この様子ならシンたちが名もなき兵たちに潰されるという展開はなさそうだ。問題は、天使という名の悪魔どもを撤退完了まで抑えられるかどうか。魔王になれば退却の魔法が中断されてしまう。シンたちは魔王にならず彼らの猛攻を凌がなければならない。
魔王になっていないにもかかわらず、羽流乃は炎の翼を広げてウリエルに突進する。同時にシンも雷を放つ。
「火の力に地の支配! 雷よ、焼き尽くせ!」
空一杯に電撃が広がり、舌打ちしながらウリエルはいったん距離を取る。ミカエルは何体か使い魔を呼び出していたが、全て焼かれた。
反射的に魔法を使ったが、多分ウリエルは光になったとき直進しかできないのだろう。また、出現するタイミングも大雑把なのだと思われる。シンは絶妙な範囲攻撃でウリエルの動きを封じたことになる。
雷をかいくぐって羽流乃は猛然とウリエルに斬りかかる。シンは雷を撃ち続けてミカエルの使い魔を寄せ付けず、無理をしながらも時間を稼いでいく。
やがて、風が吹くときが来た。さて、全員を連れて行けるか。シンは羽流乃だけが効果範囲外に出てしまっていることに気付く。
「羽流乃、戻ってこい! 今の位置じゃ、連れて行けない!」
「私はこのままウリエルを引きつけます! 大丈夫、殺されることはありません! もし殺されたなら、シン君が敵を討ってくださいまし!」
シンの呼びかけを羽流乃は拒絶する。劣勢ながら、羽流乃はウリエルを押し留め続けている。羽流乃が背中を見せればウリエルはシンに直接襲いかかってくるだろう。
「長くは保ちませんわ! 早く!」
「済まない……!」
シンは決断せざるをえなかった。周囲を覆った生暖かい風は、シンたちをレオールに運ぶ。




