21 最強 vs 最強(後)
ウリエルが発動した『氷の封印』でルシフェルは巨大な氷の塔の中で凍り付けになる。だが、氷に閉じ込められてもルシフェルは全く慌てなかった。背中から伸ばしている炎の翼の火力を上げ、強引に『氷の封印』を破壊する。弾け飛ぶ氷の中から燃え盛る炎の翼を広げたルシフェルが現れ、反撃を開始する。
「人様からの借り物で勝ったと思ったのですか? 浅はかですわね。『神の業火』!」
ルシフェルはシンプルに、最大火力で火球を放った。それ自体にはほとんど質量がない『神の業火』はウリエルが呼び出した木星による重力の影響をほとんど受けず、まっすぐウリエルを直撃する。
背中の鞘に収めた〈炎の剣〉で防御しようとはしなかった。ルシフェルの読み通り、魔王の能力を発動している間、ウリエルは〈炎の剣〉を使えないのだ。〈炎の剣〉が魔王の魔法まで消してしまうからだろう。
「があああっ!? 『氷の封印』!」
ウリエルは炎に包まれながらも、自分に対して『氷の封印』を発動する。残っていた沼地が全て消え、ウリエルを覆った。炎は消えたかと思いきや、じわじわと氷を溶かしてまた発火。ウリエルは炎上し続ける。
「クッ、やるな! だが俺は最強の天使だ! これくらいで負けはしねえよ!」
ウリエルは自らの魔力で強引に炎を押さえ込もうとするが、一向に炎が消える気配はない。ルシフェルは冷ややかにウリエルを見下ろす。
「封印した魔王の能力を盗用しても、本来ほどの威力は発揮できないようですわね……」
これこそがルシフェルが看破したウリエルの弱点だった。普通に戦えば長距離、中距離でルシフェルがウリエルを圧倒し、近距離でもせいぜい互角。魔法を打ち消す〈炎の剣〉は強力だが、ルシフェルは関係なく矢弾を撃ち込める。
だからといってリヴァイアサンの能力を使えば、ウリエルはパワー負けしてしまう。しかもリヴァイアサンの能力を使っているとき、ルシフェルは〈炎の剣〉を使用できない。他の魔王も取り込んでいれば違ったのかもしれないが、今回は相性の差でウリエルに勝ち目ゼロだ。
「相手が悪かったですわね。とどめを刺して差し上げましょう」
再び〈カトリーヌ・フィエルボワ〉を呼び出して西洋鎧に換装したルシフェルは、燃え続けるウリエルに近づく。しかし、ここで沈黙を保っていたミカエルが動いた。
「使い魔たちよ……。邪悪なる魔王を滅しなさい」
ルシフェル対策だろう、ミカエルは鎧を身に纏った小型のドラゴンを呼び出し、空襲させる。即座にルシフェルは反応した。
「『炎の兵』!」
『炎の兵』たちはマスケット銃でドラゴンを撃ち、追い散らそうとした。引きつけてから撃てば鎧は貫通する。ドラゴンたちは巧みに距離を取って急降下し、ルシフェルや『炎の兵』を襲った。これは撃退するのに時間が掛かりそうだ。さらにミカエルはゴーレムを数体出して自分たちを守る壁とした。
ルシフェルが多数のドラゴンと戦っている間に、ミカエルは懐から魔石を取り出す。バルサーモ島でウリエルの棺から回収したものだ。
「陛下、これを……」
フィリップはミカエルから魔石を受け取る。
「ふむ……! 私にふさわしい輝きだ!」
鈍く輝く魔石を見て、フィリップは玩具を手にした子どものように喜ぶ。彼が望んでやまなかった力が、掌にあった。
「陛下、あまり時間がありません……」
「おお、そうだな……! さっそく私にふさわしい力を手に入れることとしよう!」
ミカエルに促され、さっそくフィリップは魔石を自分の胸に埋め込んだ。魔石はひとりでにフィリップの胸に沈んでいき、フィリップの体は変質する。元より剛健だった肉体は筋骨隆々に膨れ上がり、背中からは天使の翼が生える。西洋彫刻のような肉体美と、絵画に見られる神秘を併せ持つ天使として、フィリップは生まれ変わった。
「……ったく、手を出すなと言っただろうが。だが、助かった」
ウリエルの魔力が突如として増し、ルシフェルの炎を払いのける。ルシフェルは冷静に尋ねる。
「あなたは魔王の数に応じて魔力を増やすのではなかったのですか?」
「天使も魔王も似たようなもんだろうが」
ウリエルは天使の数も、魔王としてカウントしているのだった。一定以上の魔力を持つもの全てに反応するのだろう。よってフィリップが天使になったことで、ウリエルは強化される。
「確かにそうですわね。ですが、無駄なことですわ……!」
ルシフェルは相手が強ければ強いほど魔力が上がるのだ。ウリエルが強くなっても同じだけルシフェルも強くなるだけである。
「それはどうかな……? これで俺は次の能力を発動できるようになった」
ウリエルはニヤリと笑う。次の瞬間、ウリエルの姿がルシフェルの視界から消えた。ルシフェルは背後に気配を感じ、即座に振り向こうとするがその前に殴り飛ばされる。
「クッ……! 『炎の兵』!」
ルシフェルは『炎の兵』を呼び出してマスケット銃で射撃させようとするが、ウリエルの姿はまた消える。ウリエルは『炎の兵』たちの正面に出現した。
「遅えよ!」
呼び出した〈炎の兵〉はウリエルの剣で一瞬にして倒される。ルシフェルはその間に立ち上がった。
「〈和泉守兼定〉!」
だんだら羽織に衣替えしたルシフェルは鞘に収めたままの〈和泉守兼定〉に手を掛け、居合い抜きの姿勢をとって目を閉じる。理屈はわからないが高速移動の類だ。ウリエルが襲いかかってくると同時に迎撃してやる。
「そこですわ!」
気配を感じると同時にルシフェルは刀を抜き放った。しかしルシフェルの刀は虚しく空を切る。
「残念だったな。それでも遅えんだよ。今の俺は、光になっているからな……!」
ルシフェルは見た。光の粒子がウリエルの姿に戻っていくところを。光になっている間は攻撃無効で、光速移動が可能。ルシフェルの剣技でも、ウリエルを捉えることはできない。
「ぐふっ……!」
出現したウリエルは〈炎の剣〉でルシフェルを袈裟懸けに斬る。咄嗟にルシフェルは一歩引いたが、そこまでだった。ルシフェルは血を撒き散らしながら倒れた。
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