16 最強の天使
「あらあら、あなたが代わりに私と踊ってくれるんですか?」
「踊ってやるよ、てめぇの血でまみれたダンスをな!」
挑発されたウリエルは嬉々として剣を振りかざし、突っ込んでくる。黒い炎がウリエルの剣を覆った。リヴァイアサンは掌から流水を出して『水の剣』を形成して迎撃するが、ウリエルの剣に触れた瞬間に『水の剣』は消滅した。
とっさにリヴァイアサンは己の肉体を液状化してダメージを避けようとする。しかしウリエルの剣に接すると同時にリヴァイアサンの液状化は解除され、普通に切られる。
「クッ……! 『蒼の渦』!」
腕の傷を抑えながらバックステップで先ほど作った沼地に退避し、リヴァイアサンは巨大な渦を放つ。直撃コースだがウリエルは避けるそぶりさえ見せず、剣を無造作に振る。やはり剣に触れた瞬間、大渦は消滅した。
「無駄だ。俺の〈炎の剣〉は全ての魔力を打ち消す!」
「でしょうね!」
リヴァイアサンの切られた腕の傷も塞がらない。〈炎の剣〉が吐き出す黒い炎には魔力を打ち消す効果があるということだ。だが、種が割れれば対処法はある。
「『氷の銛』!」
リヴァイアサンは多数の銛を作り出して乱射した。さすがに剣で全ては撃ち落とせず、ウリエルの体にいくつかは命中する。
「全然効かねえなあ!」
多少の傷をものともせず、ウリエルは斬りかかってくる。だがリヴァイアサンがいるのは沼地だ。
「『毒の剣』!」
人魚形態となったリヴァイアサンは『毒の剣』を装備して沼地から勢いよく飛び出て斬りかかり、当たる当たらないにかかわらず即沼地に逃げる。ヒットアンドアウェイ戦法でウリエルを攪乱するのだ。
『毒の剣』は何度かウリエルの〈炎の剣〉で防がれたが、消滅はしなかった。どうやら固体は消しきれないらしい。一発でも当てれば強烈な毒でウリエルは動けなくなる。そうなればまな板の上の鯉も同然だ。
だが、ウリエルは余裕の表情を崩さない。
「やっぱり女はつまらねえな。こういう面倒くさいのは興ざめだ。燃え盛る太陽よ! 俺に力を貸せ!」
ウリエルの言葉と同時に、空にもう一つ太陽が浮かぶ。日も暮れかけているというのに、周囲は真っ昼間のように明るくなった。幻術の魔法ではない。その証拠に、気温がどんどん上昇している。
ウリエルが作り出した太陽から放射される高熱で、あっという間にリヴァイアサンの潜む沼地が沸騰し、干上がり始める。リヴァイアサンはたまらず沼地から飛び出して二本の足で立ち、沼を挟んでウリエルと距離をとる。
「みみっちいんだよ。どうせ操るなら、宇宙を操れ」
「滅茶苦茶ですね……!」
リヴァイアサンは笑うしかない。まさか天体を召喚して操れるとは。影響範囲は限られているようだが、スケールが違いすぎる。悔しいが、認めざるをえない。今のリヴァイアサンがウリエルに勝利することは不可能だ。
ウリエルはゆっくりとリヴァイアサンに近づくが、ボコボコと沸騰して蒸発しつつある沼地はまだ残っていた。ならば、まだリヴァイアサンは魔法を使える。黙ってやられる気は毛頭ない。リヴァイアサンは乾坤一擲の賭けに出た。
「『氷の封印』!」
残っていた水分が魔力に変換され、ウリエルを凍りづけにする。すぐ解かされるだろうが、必要なのはそのわずかな時間だ。シンと冬那は分離する。
「葵先輩! すぐに……キャアッ!」
「学習しろ。みみっちいのは通用しないと言ってるだろうが」
予想していたより遙かに早くウリエルは氷を破り、冬那の首に手を掛けて持ち上げる。ウリエルが呼び出した太陽の熱が効いた。冬那は苦しげにうめく。シンが葵や麻衣と魔王になっている時間はない。
「冬那から離れろ、クソ野郎!」
冬那のすぐ傍に出現していたシンは即座に剣を呼び出し斬りかかるが、腕で薙ぎ払われてあえなく吹っ飛ばされる。今の一撃だけでもシンは死んでもおかしくない。大人と子ども以上の差があった。
「殺しはしねえよ。殺すと俺が弱くなっちまう。前回はミカエルの野郎が地獄に堕とすとか言い出したからややこしくなったんだ」
「あっ、あああああっ!」
肩の装飾された水晶に、冬那は吸い込まれる。水晶の中に、冬那を封印したらしい。シンを見下ろし、ウリエルは告げた。
「俺の魔力は世界に顕現している魔王の数だけ増幅される。これで終わりじゃねえだろ? 次はどいつだ? さぁ、掛かってこいよ」
魔力無効化に、天体操作。さらには魔王の数だけパワーアップし、魔王を封印する能力まである。スペックがでたらめすぎる。シンたちの前に立ち塞がっているのは、掛け値なしに最強にして最悪の天使だった。




