15 破壊天使
前回の戦いで消耗しているのか、ミカエルが呼び出したドラゴンの数はそう多くはなかった。あっという間にドラゴンたちを全滅させ、その血を用いてリヴァイアサンは足下を液状化する。
「逃がしませんよ!」
「クッ、まだまだ!」
リヴァイアサン対策に用意していたのだろう、液状化した地面にミカエルはゴーレムを改造した戦艦を浮かべた。戦艦は大砲と小銃を乱射して弾幕を張り、その間にミカエルは翼を広げて神殿に入り込もうとする。
「甘いですよ!」
リヴァイアサンは沼地となった地面に潜り込む。リヴァイアサンの下半身は人魚のそれのように魚の尾ひれに変化した。戦艦の火砲が届かない水中を一気に突っ切り、無防備な戦艦の船底を攻撃する。
「『氷の銛』!」
氷でできた銛が出現して魚雷のように船底に突っ込み、あえなく戦艦は沈没する。リヴァイアサンは水面から飛び出し、ミカエルの足を掴んだ。
「さぁ、鬼ごっこは終わりです!」
「終わりません……! 私は神に仕える天使なのです!」
額に脂汗を浮かべながらミカエルは剣を振るう。剣はリヴァイアサンではなくミカエルの足に向かって振り下ろされる。剣を避けつつ攻撃しようとしていたリヴァイアサンは虚を突かれ、為す術なく落下してしまう。
それでもリヴァイアサンは落下中に複数の『氷の銛』を発射し、ミカエルの胴や翼を貫く。しかしミカエルは止まらず、半ば這い寄るようにして血まみれになりながら棺に辿り着いた。
「フフフ……私の勝ちです……」
「『蒼の渦』!」
汗と血にまみれながら笑うミカエルを無視して、リヴァイアサンは魔法をぶっ放す。大量の水が作り出す巨大な渦が、ミカエルと棺を飲み込まんとする。だが、棺はすでに開いていた。
「蘇りなさい! 神に仕えし最強の破壊天使ウリエル!」
刹那、世界の時間が止まった。比喩ではない。ビデオの一時停止ボタンが押されたかのようにリヴァイアサンもミカエルも動けず、リヴァイアサンが作り出した大渦もその場で静止した。そして棺の中の人物が立ち上がると同時に、世界は再び動き出す。
リヴァイアサンの大渦は立ち上がった彼を直撃するが、彼は無造作に手にした剣を一閃する。その瞬間、リヴァイアサンの大渦は消滅した。
「……ったく、起きて早々に気分わりーな。なんだよ……!」
スキンヘッドの大男は無骨な両手剣を肩に乗せ、コキコキと首を鳴らす。身に着けている鎧は簡素なものだが、左肩には鈍く光る水晶をあしらった飾りをつけ、真っ白なマントを背中に垂らしている。
「おお、神のしもべウリエルよ! 邪悪なる魔王を倒すのです!」
「はぁ? うるせえよ。俺のことを騙し討ちで封印しておいて、何言ってんだ。舐めてんのか?」
ウリエルは足下にすがりつくミカエルを足蹴にして引き離し、リヴァイアサンをじろりと見る。
「ま、状況はだいたいわかったよ。あいつらを倒せばいいんだな? おまえのことは気に入らんが、俺の敵は魔王だ。魔王は俺が全滅させてやる」
ウリエルは口角を大きくつり上げ、獣のような笑みを浮かべた。心底戦いが待ち遠しいという、狂戦士の表情だ。
「そういうことです……。ウリエル、後は任せました。私にはやることがあります」
ミカエルは神殿に戻り、何やら棺に取り付いてごぞごぞし始める。しかし、構っている暇はない。最強の敵が眼前に立ち塞がっている。
「俺は最も魔王に近い最強の天使ウリエル……! せいぜい楽しませてくれることを願ってるぜ」
リヴァイアサンは努めて笑顔で応対する。
「あらあら、あなたが代わりに私と踊ってくれるんですか?」
ウリエルの化け物のような魔力で、空気がピリピリと震えている。直感で理解する。これまで戦ってきたどの天使よりも、ウリエルは遙かに強い。
リヴァイアサンははっきりと感じていた。世界の時間の流れが遅くなっている。ウリエルが覚醒したからだ。
ウリエルが封印されていた棺は、この世界の時間を加速させることでウリエルの莫大な魔力を消費、放出し続けていた。この世界の時間の流れが現世より遙かに早いのは、ウリエルのせいだったのである。今はまだ時間の流れが現世より早いが、そのうちこの世界の時間は現世と同程度まで減速することだろう。
世界を加速させるほどの魔力の持ち主。最も魔王に近い最強の天使。しかし、負けるわけにはいかない。自分も魔王の端くれなのだ。
若干の緊張を覚えながらも、リヴァイアサンは身構える。




