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10 水の妖精

「少し休みましょうか」


 フラメル湖を泳いでいたシンと冬那は、やがて水面から顔を出す。結構岸は遠いと思っていたら、目の前に小さな島があった。フラメル湖には大小様々な島があるが、目の前の島は小さな無人島のようだった。


 少し離れたシンの視界に収まる程度の大きさで、明かり等がついている様子がないし人工物もぱっと見では見えない。シンは真っ裸であるが、上陸しても問題ないだろう。


 冬那は人魚の姿のまま砂浜の岩場に腰掛け、シンはその前に出る。急に恥ずかしくなって、シンは股間を手で隠した。


「……どうして、急に泳ごうなんて思ったんだ?」


「ここのところずっと王宮に籠もってましたから息が詰まっちゃいまして。こうすれば先輩も来てくれるって思ったんで」


 冬那はニコニコしながら朗らかに答える。どうやらシンは冬那にまんまと釣り出されたということのようだ。まあ、別にいいんだけど。俺も楽しかったし。


「それに……麻衣ちゃん先輩が明後日には帰ってきちゃうじゃないですか」


「ま、麻衣が帰ってきたら何か不都合があるのか?」


「フフッ、先輩、わかってるくせに」


「……」


 冬那は蠱惑的な笑みを見せ、シンは黙り込んでしまう。


「それじゃあ、人間に戻らせてもらいます。……キャアッ!」


 岩場で冬那の下半身が元に戻るが、足を開いた状態で戻ってしまった。月明かりに照らされ、冬那の股間の黒々とした陰りと、その奥に息づく器官が露わになる。すぐに冬那は足を閉じ、シンは目を逸らしたが、シンの脳には瞬間記憶が焼き付いてしまう。


「……見ましたね?」


「ハハハハハ……」


 その気であっても恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。冬那は顔を真っ赤にしながら股間を隠し、シンは顔を引きつらせながら乾いた笑いを漏らす。お互い股間を隠して向かい合っている様は、どこか滑稽だ。


 同時に乳房を隠していた貝殻も消えていて、視線に気付いた冬那は慌てて手で隠す。こうやって冬那が恥ずかしがっているのが本当にかわいい。


 ただし、だからといって自分の中の野獣に身を任せるわけにはいかない。シンは突き放すように言った。


「え~っと、その、俺にその気はないんだ。だから、人魚に戻ってくれないか? 明日も早いし」


「先輩、そんなこと言ったって体は正直ですよ?」


 見れば、シンの股間は見事に大きくなって、手では隠しきれない事態に陥っていた。それでもシンは理性で拒絶しなければならない。


「こ、これはただの生理現象だ! 気にするな!」


 シンの苦しい言い訳に、冬那は珍しく拗ねたように横を向く。


「羽流乃先輩とはしたくせに、私とは無理なんですか?」


「えっ、ど、ど、どうして知ってるんだ!?」


「シン先輩を見てればわかりますよ。葵先輩じゃないなら羽流乃先輩です」


 シンは動揺し、冬那はきっぱりと断定し、これ以上ごまかせない。シンはやり方を変える。


「も、もっと自分を大事にしろよ。そ、そういうのは将来の旦那様だけとな……」


「将来の旦那様は、シン先輩ですよ? 私たち、婚約してるじゃないですか」


「……」


 そうだった。ド正論で論破され、シンは何も言えなくなる。羽流乃といたしてしまっている以上、「全員とやらない」とも言えない。


 冬那は体を隠すのをやめ、シンに迫る。


「私、本気なんです! 本気でシン先輩のことが好きなんです! もう我慢しない、隠さないって決めたんです! 逃げないでください、先輩!」


 冬那の気持ちに嘘はない。それは断言できる。冬那は自ら死を選び、この世界までシンを追いかけてきたのだ。シンはその責任を取らなければならないとも思う。


 自分の気持ちはどうなのだろう? 断言できる。冬那の気持ちに応えたい。冬那を自分だけのものにしたい。他の誰にも渡したくない。


「俺は冬那も、冬那以外の全員も手放す気はない。俺は本気だ。それでもいいのか?」


 そんなこと、多分冬那は気にしていない。それでも訊くのがシンの誠意だ。シンの真剣なまなざしに、冬那はうなずく。


「私は、シン先輩が全員を大事にしてくれる人だから好きになったんです。先輩は、みんなの先輩です。私も、輪の中に入れてください!」


 冬那の言葉で覚悟は完了した。シンは冬那を抱きしめる。


「遠慮するなよ。今の俺は、冬那だけの俺だ!」


 シンは冬那がまだ一歩引いていると感じていて、それはきっと事実だった。確かにシンと冬那の心はつながっているのだ。わかり合っている喜びをお互いに感じる。


「先輩……!」


 冬那は歓喜に、羞恥と困惑が混じった声を漏らした。白く、美しい冬那の裸体を独り占めにする。毎晩一緒に寝ていたのに、これほど近づくのは初めてだ。暖かくて、気持ちよくて、溶けてしまいそうになる。魔王になるときにも似た、二人が一つになる快感。二人は日が昇るまで、心ゆくまで味わった。

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