16 黄金の国
ドラゴンが空を飛ぶ世界なら、当然魔法くらいはある。シンは無理矢理納得するしかなかった。なぜなら羽流乃の発言の後にすぐ、魔法のじゅうたんがシンたちを迎えに来たからである。
「狭山が死ななかったのも魔法のおかげなのか……?」
シンは魔法のじゅうたんに乗りながらつぶやく。しかし羽流乃は否定する。
「ここではそうなるのです。この世界で、人は死にません。ただ、転生するだけです……」
狭山はドラゴンに殺され、また転生し直したということらしい。全く無茶苦茶な世界だ。
シンは魔法のじゅうたんに乗り込んでいく面々を見回す。一応の説明は受けたものの、皆不安げだった。当然だろう。これからどこに連れて行かれるかもわからないのだ。
全員が乗るのを待って、魔法のじゅうたんは空へと舞い上がった。シンは笑顔を作って後ろに乗っている皆に声を掛ける。
「大丈夫、何も心配いらない。わざわざ俺たちのことを助けに来てくれたんだ。悪いようにはされないよ」
シンの言葉を聞いて、何人かは少しホッとしたような顔をした。あんな事があった後だ。気休め程度でもフォローは必要だろう。
「神代君はさすがだね……」
シンの隣に座っていた西村が小声で話しかけてくる。少しシンに感心しているようだ。シンはそっけなく返す。
「……一応副委員長だからな」
委員長は委員長だった記憶さえ失っているが、まだシンは健在だ。正直落ち込んではいるが、責任は果たさなければなるまい。そして、麻衣や冬那、葵ら、他の皆の安全も確認しなければ。
「ほんと、凄いと思う。さっきドラゴンなんか見ても汗一つかかずに対応してたしさ」
「そんなに褒めても何もでないぜ」
本当はショックで頭が真っ白になりそうなのだが。シンは苦笑した。
その場にいた三十人程度が全員乗れる大きさのじゅうたんは、低空を颯爽と飛行してシンたちをレンガ造りの家が並ぶ町まで運んだ。シンたちは町の中心にある石畳の広場で降ろされ、この世界の住人の歓迎を受けた。
「ようこそ、グノーム王国へ。我々は君たちを歓迎する」
広場の中央で、運動会のときに先生が昇るような木製の台に立った男は、全く表情を変えることなく淡々と告げた。この町の住民だろう、広場の周縁部にはまばらに人が集まっていて、申し訳程度に拍手してくれる。
見たところ、ヨーロッパ系と思しき人々が多数派だったが、わずかながらも東洋系や黒人系など、様々な人種がいる。中には日本人にしか見えない者もいた。シンたちの世界から転生してきた者かもしれない。
金髪碧眼の神経質そうな中年男は話し続ける。
「黄金の国から来た者たちよ、私はグノーム王国宰相、ロビンソン・ヘルへイムだ。女王陛下の名において、君たちの安全は保証する。君たちは自由だ。第二の人生を、好きなように生きてもらって構わない。また、女王陛下は当面の資金として、君らに一人三十クォンを支給するそうだ。感謝するように。そのお金で君たちは何をしても構わない」
ロビンソン・ヘルへイムの後ろで待機していた中世風の兵士たちは、広場の三十数人を並ばせ、一人ひとりに金貨が詰まった布の袋を渡す。全員に金貨を渡し終えると、ロビンソンは兵士に囲まれ、広場を去ってしまった。シンたちは途方に暮れる。
「金だけもらってもなあ……」
いったいこの金で、どうすればいいというのか。昔のRPGよろしく、武器と防具を買って、モンスターと戦えとでもいうのか。
残っていた羽流乃は同じ光景を何度も見ているのだろう、落ち着いたものである。
「心配することはありませんわ。何度も繰り返されてきたことです。皆、すぐに行く先が決まるでしょう」
羽流乃の言葉通りだった。ロビンソンがいた間は広場には侵入せず見守っていた町の人たちが、新入りの品評を始める。
「今回も黄金の国から来たらしい。かなり有望だぞ」
「うちに来てくれりゃ、大分助かる……!」
「前みたいに貴族、王族の魂を持つ者もいるんじゃないのか」
最初に行き先が決まったのは、二次元三兄弟の三男、西村だった。
「西村! 西村じゃないか!」
遠巻きにシンたちの様子を伺っていた集団から恰幅のいい一人が抜け出してきて、西村のところに駆け寄る。二次元三兄弟の長男、落合だった。落合と西村は手を取り合って再会を喜び合う。
「落合君! また会えるなんて!」
「俺たちは三ヶ月くらい前に、こっちに来たんだ! 井川も来てるよ!」
井川というのは長髪がトレードマークの二次元三兄弟の次男坊である。落合も井川も、シンたちよりずっと早くこちらに出現していたらしい。
「西村、おまえも俺たちのところに来いよ!」
落合は西村を誘う。西村は眼鏡を直しながら、おそるおそる尋ねる。
「いいの? 僕なんて、何の役にも立たないよ?」
「何言ってるんだ! 俺たちは魔法が使える!」
落合は満面の笑みを浮かべた。落合は鞄から拳大の透明な鉱石を取り出し、西村に握らせる。西村は戸惑いながらも鉱石を握り込む。
「えっ……」
西村は驚きの声を上げる。西村の握った鉱石が、黄色く光り始めたのだ。その様子を見て、落合はたるんだ腹を揺らしてはしゃぐ。
「地属性か! 俺の火と井川の水だけじゃ限界はあるって思ってたところだ! これはラッキーだな!」
「えっ、えっ? どういうこと?」
事態についていけない西村は、目をパチクリさせながら落合に尋ねる。落合は鞄から今度は石ころを取り出し、またも西村に渡す。
「精神を集中して、この石をフィギュアにしたいと念じるんだ! あとは勝手に頭に浮かぶ! さぁ、この石ころは1/8『マジで!? マジカちゃん』フィギュアだ!」
「う、うん……!」
西村は目を閉じて胸の前で石ころを握り込んだ。西村の背後に黄色い光が現れ、握った拳が光り始める。同時に、手の中の石ころに変化が見られた。
「んん? ええっ!」
目を開けた西村はびっくりして石を取り落としそうになる。固いはずの石ころが、粘土のようにぐにゃぐにゃと変形していた。おそるおそる西村が手を動かしてみると、石ころは西村が思ったとおりに形を変える。
「その力がおまえの魔法だ! 俺たちはこの世界でフィギュア原型師をやってるんだ! 今は彫刻家だと思われているけどな……。でも、俺たち三人が揃えば絶対に天下をとれる! 一緒に萌える侵略者になろうぜ!」
「落合君がそう言うなら……!」
西村はようやく笑顔を見せ、落合と肩を組んでスキップで去っていった。シンは急すぎる展開に一言も発することができないまま、二人を見送る。




