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5 シルフィード軍

 西村は手をつないで前を歩く井川とジャネットを一瞥してから足を止めて王宮を振り返り、落合に尋ねる。


「落合君、よかったのかなあ。あの話、神代君に頼んでみなくて」


「……いいんだ。まず、俺たちだけでやってみようぜ。それからで、遅くない」


 落合は腕組みして険しい表情を浮かべながらも、自らの決断を覆すことはなかった。


 落合たちの最終的な目的は、この世界でアニメを作ることであるが、ラジオ番組の作成にも難儀しているというのが現状だった。なのでシンの力を借りてラジオを一気に普及させると同時に放送する番組も拡充し、この世界にコンテンツ産業を定着させる。そしてラジオはシンが引っ張ってくるであろう人材に任せて、落合たちはテレビの作成に取りかかる。そういう青写真を検討していた。


 ただ、この案は二次元三兄弟がコンテンツを手放すという決断と表裏一体だ。シンの力で人と金が投入されたら、今は自分たちで自由に番組を作っているが、そんなことはできなくなる。自分たちは経営部門か技術部門か、どちらかに専念することになるだろう。


 今だって劇団の協力を得られないのは利益が出るのか疑問視されているというのが第一だが、脚本を作るのが二次元三兄弟だから、という理由も大きい。新たな媒体とはいえなぜプロの我々が素人の脚本で……と劇団側は難色を示しているのだ。ラジオに可能性を感じている関係者は「ぜひプロの自分に脚本をさせてくれ。それなら上を説得して見せる!」と売り込んでくる始末だった。


 自分たちの夢はテレビという箱を作ることだったのか? そうではなく、箱の中身を作ることだったはずだ。しかしテレビがなければアニメなど作りようがない。三人で喧々諤々の議論を重ねた末に結論は落合にゆだねられたのだが、結局落合はシンに話を持ちかけずに終わった。果たして正しかったのか、落合自身にもわからない。


「落合君が決めたのなら、僕はもうついていくだけだよ。もっともっとがんばろう」


 西村の言葉に落合は救われた気になる。自分たちに残された時間は長く見積もってあと百年程度だろう。自分たちは常人だ。きっとそれ以上は魂が保たない。百年間で地道に成果を積み上げ、どこまでやれるか。賽は投げられている。


(もう決めたんだ。やるしかない)


 ふと落合は王宮の方を振り返る。常人を遙かに超えた、シンたちはどうなのだろうか。全員、常人なら受け止めきれず一瞬で消滅する魔王の魔力を使いこなせる怪物たちだ。きっと百年後も、千年後も、シンたちはそのまま存在する。二次元三兄弟がこの世界から消えた後も、いつまでも変わらず、ずっと。時間の牢獄に囚われているかのように。


 一瞬、うらやましいと思うが、すぐにそんな考えは霧消する。ずっと歳もとらず、死にもしないなんて、完全に化け物ではないか。一緒に歳を重ねた人間が消えた後の彼らの扱いは、まさに魔王そのものとなるだろう。寒気がする。


 魔王の指輪は人間の負の感情を集め続けているそうだが、永久に死なないのは罰なのか。考えてはいけないことを考えてしまったような気がして、落合は慌てて前を向いた。



 それからしばらくはレオールに戻っての慌ただしい日々が続き、やがて冬那とともにウンディーネに乗り込む日がやってきた。シンと冬那はシルフィード軍の護衛を受け、正面から堂々とウンディーネの王都キャンサーに入城する予定だ。キャンサーの王宮にも大鏡はあるのでレオールから直接行くことも可能だが、ウンディーネの人々に冬那を王と認めさせるには不適だ。


 シンと葵は王族専用の馬車に揺られてキャンサーを目指すことになる。軍を率いて麻衣も同行する。


「……向こうに行くまでの段取りはこんな感じや。レオン、やれるな?」


「女王陛下の仰せのままに!」


 出発前の最後の打ち合わせがレオール郊外の天幕で行われていた。実際にシルフィード軍を統率するレオンは、何も意見を出すことなく命令を受け入れる。


「レオンさん、大丈夫なんですか? 結構無茶な命令に思えますけど」


 あえてシンは問い掛けてみた。かなり急ぎの旅程に思えたのだ。麻衣に逆らえないので唯々諾々と従っているというのでは困る。麻衣の評判が悪くなると、各方面に影響してしまうのだ。レオンは自信ありげにうなずいた。


「ええ。多少、行軍スピードは速く設定していますが、問題ないでしょう。装備を身に着けて行軍するわけではないですから。きちんと難所の前に休憩も設定しています。そのまま遠征も可能なくらいです」


 今回は軍を移動してプレッシャーを掛けるだけで、いきなりは攻め込まない。しかしそれが可能なくらいに緻密な計画を麻衣は練っていたのだった。軍がウンディーネに到着すれば、まずは向こうの貴族たちに密使を送って内応を促すことになる。行軍速度は軍隊の練度を表す。このスピードでシルフィード軍がサラマンデルからウンディーネに移動すれば、敵軍は強敵であると印象づけることができるだろう。


 麻衣は自信満々の笑みを浮かべてない胸を張る。


「シンちゃんが心配してるようなことは何もないで! 全部ウチに任せてくれたら上手くやって見せるわ!」




 馬車の中でも、シンは麻衣と話をする。


「そういや本国の方はどうなんだ? ずっと留守にするんだろう?」


 麻衣も軍とともにキャンサーに留まり、自らフィリップ派の切り崩しに動く予定だ。危険だからとシンは止めたが「ウチの能力なら逃げるくらいは楽勝や」と麻衣は意に介さなかった。麻衣は長時間本国に帰れなくなる。


「留守役はクイントゥスに纏めさせてるで。亜人でもエルフならみんな納得するからな」


 女王が魔族でも、やはり亜人に対する複雑な感情は残り続けている。一方で亜人たちはその解消を期待しており、人間と他種族の対立を許すと麻衣は自分の権威が揺らぐ。魔力も知性も高い種族として人間にも亜人にも認められるエルフのクイントゥスなら角が立たないし、本人の能力も充分だ。麻衣は配下の適性を見極めた上で、ベストポジションに配置している。


「なるほど……麻衣ちゃん先輩はさすがですね! 私も見習わないと……!」


 冬那はメモまで取り始めた。いよいよ冬那も女王になるのだ。冬那は女王としてどんな風に国家を経営しているのか麻衣に熱心に尋ね、麻衣も気をよくして注意事項をペラペラと喋っていた。

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