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3 女王の親政

「バルサーモ島……?」


「そうです、おそらくあの島から怪鳥は飛来したと思われます」


 王宮に戻ってベルトランの報告を聞き、シンは首を傾げる。サラマンデル、シルフィード近辺の海にそんな島があるなんて話は寡聞にして知らない。シンが考えていることを察して、羽流乃は補足した。


「海にある島ではありませんわ。ウンディーネの、フラメル湖上にある島です」


 ウンディーネはサラマンデルの西、フラメル湖に沿って築かれた国である。これより西に人間は住んでいない。単純にフラメル湖が非常に大きく、対岸が山岳地帯なので行く意味がない事情もあるが、一番の原因はフラメル湖中央に浮かぶバルサーモ島の存在だ。


 どういうわけかバルサーモ島には非常に強力な魔物が生息していて、周辺の湖上にも人間の手に負えないレベルの怪物が出現する。フラメル湖を横断して対岸に渡るのは、自殺行為でしかない。普段はバルサーモ島近辺を闊歩するだけの魔物が、何を思ったかレオール上空まで飛んできたというのが今回の事件のあらましだった。


「伝承では、バルサーモ島には破壊天使が封印されているそうです……。天使ミカエルが何やら画策しているのかもしれません」


 深刻な表情でベルトランは告げ、羽流乃も嘆息する。


「私たちの存在そのものも影響している可能性もありますわ……」


 魔王も天使もいなかったこの世界に、今は強大な魔力を持つ四人の魔王と一人の天使がいる。魔力の理で支配されるこの世界にこれだけの人数が揃えば、なんらかの影響があることは想像に難くない。ひょっとしたら、封印されている破壊天使とやらが目覚めようとしているのではないか。シンたちを倒すために。


 とすれば南ウンディーネに逃げ込んでいるミカエルの狙いも見えてくる。ミカエルはバルサーモ島に渡って破壊天使を覚醒させようとしているのではないか。


 ただし、さすがのミカエルも簡単にバルサーモ島に上陸することはできないだろう。先ほどのロック鳥のような化け物がウヨウヨしているのだ。攻撃力に乏しいミカエルが単身で上陸するのは危険すぎる。ミカエルは万全の準備を整えての上陸を試みるはずだ。南ウンディーネのピスケス伯フィリップも今は先の戦争のダメージを回復するので精一杯で動けない。遠征の延期は重くのしかかるが、時間はある。


「どのみち、私たちがやるべきことは一つです。南ウンディーネを制圧して、ミカエルをあぶり出す。しっかりと準備をしましょう」


 こちらが遠征の準備を整えるのと、どちらが早いか。それが勝負の分かれ目となるだろう。




 次の日、シンは大鏡を通ってグノームに行く。アストレアの王宮では、冬那が待っていた。今、冬那はアストレアに滞在している。冬那がいると遠征を待ちわびている主戦派がそわそわするので、退避させているのだ。


「ちょっと早かったかな?」


「そうですね……。あの人たちも忙しいですから、もうちょっとしないと来られないでしょうね」


 シンの言葉に冬那は応じる。今日、アストレアに戻ったのは来客の予定があるからだ。二次元三兄弟と、謁見の約束をしていたのである。彼らより一足先に謁見の間を覗いてみると葵が玉座に腰掛け、陳情に来た貴族たちを捌いていた。


「葵様! 王都二十一番街の路面舗装の件ですが……」


「その件ならフリアス家に任せることに決めたよ。さっそく知らせて、段取りしてくれる?」


「葵様! ドミンゲス家がウンディーネへの出兵を拒否している件ですが……」


「その件なら特例として認めることにしたよ。この間の洪水からの復旧を優先させるといい。彼らの分は傭兵を雇うことにしよう」


「葵様! 東方の辺境に現れ始めている魔物の件ですが……」


「その件ならまず私が対処するわ。皇帝と女王の手は患わせない。葵、いいわね? 情報を出して。送る部隊を決めるから」


 葵は次々と持ち込まれる案件にてきぱきと指示を出し、困難案件や軍事的な判断が必要な案件だと間宮が前に出てワンクッション置く。葵はずっと体調不良だと聞いていたが、問題なく仕事をこなしていた。少し顔色が悪いのは心配だが、大事ではなさそうである。


 ちなみに羽流乃がいなくなってからの護衛役は、狭山が担当している。先の戦争でジャック・ヴィラールを討ち取った手柄で狭山は近衛小隊の隊長にまで出世していて、今日も銃を持って葵のそばに控えている。




 シンが来たということで葵は少しだけ席を外し、ティータイムに入った。気を利かせてか冬那も少し席をはずす。


「見てたぜ。順調そうじゃねえか」


「……うん。正直、こんなにみんなが頼ってくれるとは思ってなかった。ずっとロビンソンたちに任せきりだったのにね。君がいなくなってどうなることかと思ってたけど、よかったよ。こんなの、僕の人生で初めてだ」


 疲れが顔に出ているものの、葵は微笑む。今まで、葵は女王といっても周囲に支えられるばかりで半分以上お飾りだった。ロビンソンから実務を受け継いだことで本当の意味で女王になって、充実を感じているのだろう。


「ずっと葵ががんばってたからだよ」


 シンはそう言うが、葵は首を振る。


「それはどうかな? 今、僕たちは勝っている。それが理由だと思う。一度でも負けたらみんな掌返してフィリップに降るよ」


「悪く考えすぎだろ」


 シンは苦笑する。上り調子だからみんなついてきているというのは一理あるが、それが全てというわけでもないはずだ。土台には必ず今まで積み上げてきたものがある。


「相変わらず君は人を疑うということを知らないね。ま、そういう風に僕が君を作ったんだけどさ」


「葵ががんばったって思うのは、俺自身の意志だ。俺はおまえに作られた覚えはないぞ」


「全く、作り物のヒーローのくせに全然自覚がないんだから。言われなくてもがんばり続けるさ。この国こそが君が帰ってくるべきところだからね」


 口ではネガティブのポジションは譲らないままに、葵はいたずらっぽい笑みを見せた。シンの一言一言で葵が元気になっているとわかるのが、無性に嬉しかった。




 葵と冬那がいるとややこしくなるので謁見の間には戻らず、部屋に引っ込む。テレビやらゲームやらで散らかっているシンと葵の部屋で、久々にシンはベッドに腰掛ける。ここのところ戦争やらその後の処理やらで忙しかった。たまにはのんびりしてもいいだろう。


「なるほど……このベッドでいつもシン先輩と葵先輩は一緒に寝てるんですね」


 シンの隣に座り、冬那はいたずらっぽく笑う。シンは苦笑するしかない。こちらの世界に来てから冬那も自分に自信が持てるようになって、積極的になった。喜ぶべきことであるが、困ってしまう。


「別に何もしてないぞ?」


 まあ、羽流乃とはやりまくってるけどな! シンが葵との関係を否定すると、冬那はかわいく首を傾げた。


「そうなんですか? てっきり私、シン先輩と葵先輩が……」


「うわあああああっ!」


 シンは思わず奇声を上げる。浮かれているのを冬那に見抜かれていたようだ。慌ててシンは釈明する。


「と、冬那が考えているようなことは何もないからな!?」


「そうなんですか? 先輩がおっしゃることなら、私は信じますけど……」


 冬那はニコニコするばかりである。いたたまれずに、シンは二次元三兄弟が作ったラジオに手を伸ばした。


「今だと、あいつら仕事してるんだよな!」


 ラジオからニュースが流れ出す。そういえば冬那が辞めた後、ニュースキャスターは誰がやっているのだろう。また二次元三兄弟自身による読み上げに戻っているのか。


「……こんにちは、ニュースの時間です。昨日発表された南ウンディーネ遠征の延期について、女王陛下は……」


 ラジオから女性の声が流れ出す。二次元三兄弟ではない。どこかで聞き覚えがある気がして、シンは首をひねった。

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