49 その夜
使用人に案内された豪華な一室で、シンは部屋に入って立ち尽くす。レオールの王宮に泊まるのは初めてだったが、とても居心地が悪い。なんだ、この部屋は。床には赤絨毯が敷き詰められ、調度品も金銀宝石があしらわれた豪華なものばかりである。ベッドも天蓋付きのキングサイズだった。もはやベッドに寝転がるのさえためらわれる。
さすがはこの世界で超大国だったサラマンデルの王宮であるが、シンとしては困惑するばかりである。どうしたものかと頭を掻いていると、ドアが開いた。まさかミカエルの襲撃か、とシンは身構えるが、入ってきたのは羽流乃だった。
「シン君、何をぼんやりしているのですか?」
ネグリジェ姿の羽流乃は首を傾げる。風呂上がりということで頬がほんのりと赤く、髪もしっとりと湿っていた。
「え、羽流乃!? 何の用だ?」
「私もそろそろ寝ようかと思いまして。ここは、私の寝室ですから」
「えっ、じゃあ俺の部屋はどこになるんだ?」
「シン君は私の婚約者なので、当然同室ですわ」
「おう、そのパターンか……」
こともなげに言い放つ羽流乃に対し、シンは頭を抱えて天を見上げる。みんな帰ってしまったので、チャンスだと思ったのだろう。どうして急に積極的になるんだ……。王宮ではよくあることであるが、正直困る。
「俺も風呂に入ってくるわ!」
即座にシンは退室しようとするが、羽流乃はがっしとシンの手を握って引き留める。
「待ちなさい。そのまま逃げる気でしょう?」
羽流乃はシンの行動くらいお見通しだった。シンは羽流乃の手を振り解こうとするが、羽流乃は頑として離さない。
「絶対に逃がしませんわ」
羽流乃はニッコリと笑って力ずくでシンをベッドに放り込む。その瞬間、羽流乃の魔力に反応して部屋の照明は消え、天蓋のカーテンが閉じる。天蓋の中はぼんやりと明るくなって、シンと羽流乃はベッドの上で二人きりになった。行ったことないけど、きっとラブホってこんな感じなんだろうなあ。
「お、おい、羽流乃……!」
「あまり見ないでくださいまし。恥ずかしいですから……」
羽流乃はネグリジェをはだけて白い肌を見せる。慌てて目を逸らしながらシンは問う。
「いや、おまえ、いったい何を考えてるんだよ!」
「私の全てをシン君に差し上げます。そ、それだけですわ。わ、私に恥をかかせたくなければ、早く準備なさい!」
少し声を上ずらせながら、羽流乃は早口でまくしたてる。よもや羽流乃がこんな直接的行動に出てくるとは。
「お、俺たちまだ中学生だぞ……?」
「この世界の成人は十五歳ですわ。私たちには責任能力もあります……。問題はないでしょう」
「も、もっと自分を大事にしろよ」
「私はずっと、シン君とはこうなってもいいと思っていました。……いや、違いますわね。私はずっと、シン君とこうなりたいと思っていました」
顔を真っ赤にしながら羽流乃は訴え、シンの背中に両腕を回す。はらりとネグリジェが下まで落ちて、羽流乃の美しい乳房が露わになる。素肌を晒してシンを見上げる羽流乃は女神のように綺麗だ。羽流乃はシンをぎゅっと抱きしめた。
「軽率な振る舞いだとは思っていませんわ。あなたと婚約したのは、それだけあなたのことを愛しているからです……。そして、あなたにとって、私にとって必要だからです……。だから、私の全部を受け入れてくださいまし」
「羽流乃……」
羽流乃の名前を呼びながらシンの脳裏には葵、麻衣、冬那の顔がよぎった。ロビンソンに勧められていたように、いずれは必要だった。しかし、本当にいいのだろうか。みんなに断りなく、こんなことになってしまって。
「今だけは、皆さんのことは忘れてください。私だけを見てください。私のわがままを、聞いてください……。シン君、お願いです……!」
羽流乃は潤んだ目でシンを見つめる。シンは覚悟を決めて、自分も羽流乃の背中に手を回した。
「ちゃんとキスしたこと、なかったですわよね……」
「そうだな……」
羽流乃はシンに唇を近づけ、そして奪った。お互いの柔らかい部分が触れあう。魔王になるためではなく、わき上がる愛情からキスをする。魔王になるときのように、すぐに終わったりはしない。永遠とも思える時間、二人はお互いの唇をむさぼり合った。
「さぁ、シン君、来てください……」
全てを脱ぎ捨てた羽流乃はベッドに寝転がり、シンを誘う。かわいらしいおへそから、下腹部の金色の陰りまで、羽流乃は全てをシンだけに晒した。
「ああ、羽流乃……」
シンは羽流乃の上から覆い被さる。二人は、長くて短い夜を過ごした。




