48 晩餐
仕事もそこそこに、みんなで夕食をとることにする。皇帝と四人の女王が揃っているという、コックの胃が痛くなる晩餐だ。食卓に並べられた料理を見て、麻衣と冬那は目の色を変えた。
「なんやこれ! どうして米のメシがあるんや!?」
「味噌汁にお刺身まで……! 羽流乃先輩、どうやったんですか!?」
茶碗に盛られたご飯からは白い湯気が立ち、味噌汁の香りが鼻をくすぐる。刺身も魔法で保存していたのか新鮮で、いかにもおいしそうだ。シンは試しに刺身醤油にちょっと箸をつけ、舐めてみる。うん、うまい。羽流乃は完全無欠に和食を用意していた。
「スコルピオから料理人を呼び寄せました。皆様、どうか楽しんでくださいまし」
今日は四王国の女王が全員集まるということで、豪華な宮廷料理を作らなければならないとコックたちは頭を痛めていた。ぶっちゃけ、金がなかったのである。百年ぶりの大戦争で国庫を気前よく解放して出撃し、その後の大敗で徴税機能は完全にストップ。もちろん取っておいた金もあったが、王宮にあった金はフィリップがピスケスに持ち逃げしていてほとんど残っていなかった。
今は商人からの借金でどうにか財政を回している状態だ。接待で使ってしまうのはクレイジーであるが、粗末な料理を出すわけにもいかない。そこで羽流乃は費用を掛けずに皆を喜ばせるため、和食を用意したのだった。
和食だけならこの間のスコルピオで食べたが、米はなかった。少しパラパラしていて粘性がないが、それでも米は格別である。やっぱり日本人は米がないと生きていけない。口の中に広がるほのかな甘みを、シンたちは堪能する。
「この刺身、滅茶苦茶うまいけど何の魚なんや? まさかどっかの魔物やないやろうな」
「安心してくださいまし。アリエテ沖で獲れたタイやヒラメですわ」
アリエテはサラマンデル北部の港湾都市だ。シルフィード半島を臨む位置にあり、内海を形成している。マグヌス火山帯の地熱の影響もあって温暖なアリエテ沖は豊かな漁場として有名であり、この世界で一番の漁獲高を誇っている。
「ほ~ん、近海魚ばっかやな。マグロとかサケはないんか? ウチは赤身も好きなんやけど」
「残念ながら、ありませんわ。おそらくですけれど、私たちが前世でこの世界を作り替えたときに遠洋の魚までは作らなかったのでしょう。今の私たちなら作れるかもしれませんが……」
「いや、それはやめとこうぜ。こっちはこっちでもう生態系ができあがってるんだから」
シンは言った。元は魔王だった葵たちが作った世界だとしても、数千年間放置されていたのだ。むやみに外来種を解き放つようなことはよろしくない。さらにシンは付け加える。
「向こうに帰れば、いくらでも食えるよ」
「向こうに……ですか」
冬那はつぶやき、同時にみんな黙ってしまう。そう、それがシンたちの最終目的だったはずだ。シンは祖母の顔を思い出し、箸を止める。忙しさで、最近あまり向こうのことを考えていなかった。
一方で、こちらでやらなければならないことがあまりに多い。少なくとも、シンたちなしで四王国が安定して経営できるようになるまでは、離れることができない。こちらに愛着が湧き始めているのも事実だった。
皆、思いは同じであるようで、現世の家族に思いを馳せつつ、こちらで担っている重責について考え込む。特に、シンを追って自分から死んでしまった冬那は表情を曇らせる。努めて明るくシンは発言した。
「ま、まあ当分はこっちで仕事しなきゃいけないけどな」
「そ、そうですわね……」
羽流乃が同意し、皆食事を再開する。会話が少なくなってしまったせいで、みんな箸の進みが早くなる。すぐにシンたちは食事を平らげるが、葵だけはペースが落ち込む一方だった。
「葵、どうしたんだ? 調子でも悪いのか?」
「うん、ちょっとね……。悪いけど、もう帰らせてもらうよ」
オーダー通り肉や魚を抜いたのに、葵は料理の半分以上を残していた。少し顔色も悪い。葵は席を立ってしまう。大鏡を通じてグノームの王宮に帰る気なのだろう。
「ウチもそろそろ帰るわ。明日、御前会議の予定やからシルフィードまで帰るで」
「そういうことなら私も帰ります。葵先輩が心配なので……」
「皆様、気をつけて帰ってくださいまし」
「おう、気をつけてな」
麻衣と冬那も立ち上がり、それぞれグレート=ゾディアックとアストレアに帰還する。羽流乃はどういうわけか異様ににこやかに皆を見送った。シンはこのままレオールに泊まる予定だ。一番危険なのは当然ここなので、万が一襲撃があればシンは羽流乃とともに戦う。
羽流乃も風呂に入ると先に食堂から出てしまった。もったいないのでシンは葵が残した料理をぺろりと平らげ、その後寝室に向かうことにした。




