47 戦後処理
「新女王、羽流乃様、ばんざ~い!」
「皇帝陛下、シン様、ばんざ~い!」
「エゼキエル王家、ばんざ~い!」
「グノーム軍、シルフィード軍、ばんざ~い!」
深紅のドレスで着飾った羽流乃は得意げな笑顔を浮かべて、馬車から隣に座るシンと一緒に沿道の観衆に手を振る。ティメオ四世から奪った王冠は羽流乃がかぶるには少しサイズが大きいが、気にせず頭に載せている。観衆は万歳三唱して紙吹雪を撒き散らした。ヤケクソ感が出ていて若干やらせ臭く見えるが、まあいいだろう。彼らの心を掴むのは、これからの仕事だ。
国王ティメオ四世が即座に降伏したことにより、グノーム=シルフィード二重帝国軍はほとんど抵抗なくサラマンデル本国への進駐を果たした。一部の王族は我こそがサラマンデル王と名乗って刃向かったが、サラマンデルに乗り込んだ二重帝国軍により順次鎮圧されつつある。フィリップが拠るウンディーネの一部はともかく、サラマンデル本国はシンたちのものになった。
サラマンデル王国の降伏から一ヶ月後には羽流乃が王都レオールの王宮で即位し、戦後処理が発表された。
ティメオ四世とその近親者は死一等を減ぜられ、シルフィード沖のベドガー島に流刑。サラマンデル国内の大貴族はことごとく減封され、取り上げた領土は国王の直轄領とされるかグノーム、シルフィードから転封された貴族のものとなった。最初にサラマンデル軍を引き入れたスコルピオのロレンス家もサラマンデル領に減転封だ。そしてスコルピオには間宮を擁するヨハン家が入る。
特筆すべきは、ウンディーネ王国の再独立である。二百年前にサラマンデルに征服されて滅亡したウンディーネ王国であるが、今回冬那を女王として復活することになった。分割によって旧サラマンデルの力を削ぐためである。
そして、ウンディーネの宰相にはロビンソンが出向くことになった。全ては人材不足ゆえの措置だ。サラマンデルは羽流乃がエゼキエル家の使用人たちを連れて行った上でベルトランなる若手貴族を抜擢して首班を任せ、政権を発足させた。しかし、こちらに来て日が浅くバックボーンのない冬那には頼れる者が本当に誰もいない。そこでロビンソンが自らウンディーネへの移住を申し出た。
「グノームは女王陛下の好きになさってください。私の仕事はこちらにはありません」
もうグノームは葵に任せて大丈夫だとロビンソンは判断したのだ。臣下は立て続けに戦争に勝った葵、シンに従うようになってきている。スコルピオをヨハン家に与えることで補佐役として間宮も取り立て、ロビンソン不在の体制は無事完成した。
ロビンソンはウンディーネに先乗りし、冬那を迎える準備を整えているところだ。ウンディーネ南半を支配するピスケス伯フィリップはサラマンデル王を名乗って抵抗の姿勢を見せており、未だ情勢は予断を許さない。ウンディーネにこそロビンソンの力が絶対に必要だった。
気付けば皇帝シンは前代未聞の四王国統一を果たしたことになっている。ピスケス伯フィリップやシルフィードで未だ独立を保っている貴族など、各地に抵抗勢力が残っているため完全統一とはいえないが、それでも史上初の偉業であることには間違いない。
冬那はすでに側室としてシンの妻だし、羽流乃とも婚約した。羽流乃と結婚すると同時に、冬那は正室へと昇格する予定だ。そうなれば名実ともにシンは四王国の覇者として君臨することになるだろう
羽流乃と結婚して冬那を昇格させ、名実ともにシンが統一帝国の皇帝に即位する前に、やるべきことがある。そのためにシンは皆とともにサラマンデルの王都レオールを訪れていた。
レオールの王宮はアストレアやグレート=ゾディアックのそれより随分と小綺麗で、豪華な装飾がなされていた。さすがは四王国一の大国サラマンデルの王宮だ。羽流乃と並んで玉座に腰掛けていたシンはベルトランからの報告を聞いて、思案顔を浮かべる。
「そうか……まだ見つからないか」
ここまで来たら懸案事項は一つしかない。中村先生──ミカエルの行方だ。冬那を殺そうとしたミカエルとだけは交渉の余地はない。地の果てまで追い詰めて、必ず殺す。そうしなければ、いつまた誰が襲われるかわからない。
ラファエルを見殺しにしていたときとは状況が違う。ミカエルは完全にシンたちの敵に回った。だから以前のように勝手気ままにうろうろすることはやめて、それぞれの王宮からなるべく出ないようにしている。そうしていれば、もし襲われても大鏡を使って別の王宮に逃げられる。外で長期にわたる単独行動は危険なので、冬那が未だウンディーネ入りできないなど、すでに国政に支障が出始めていた。
サラマンデルのみならず他の三国でも指名手配し、見つけた者には高額の賞金を支払うことにしている。にもかかわらず、ミカエルの行方は全く不明だった。
「……フィリップ様のところに逃げたのかもしれません」
ベルトランはチラチラとシンの顔色をうかがいながら報告する。まだ女王である冬那が入国できていないこともあり、フィリップはウンディーネ南部に抵抗勢力を糾合して徹底抗戦の構えだ。魔法で顔を変えているにせよ、もうシンたちの手が届く範囲にはいないだろう。
「直接私たちがあちらに行くしかなさそうですわね」
羽流乃は嘆息した。その一言で方針は決まる。準備ができ次第、みんなでウンディーネに乗り込む。




