41 天使の作り方
戦艦に作り替える途中だったゴーレムを放り出して、ミカエルは氷付けになったガブリエルを呆然と見上げる。ミカエルにとっても、ガブリエルが倒されたのは計算外だったらしい。情けない顔でミカエルはチラリと後ろを振り返る。「撤退」の二文字がミカエルの脳裏に浮かんでいるようだ。
山北はゴーレムから飛び降りて、ミカエルの退路を断つように腕組みして真後ろに立つ。覚悟を決めた顔で山北は要求する。
「今さら逃げるなんて無理だ。中村先生、俺に天使の力を寄越せ。あんただけじゃ勝てないだろう」
「しかし……」
ミカエルは逡巡する。山北に力を与えてよいか、迷っているのだろう。苛立たしげに山北はさらに言葉をぶつけるた。
「あんたらだけで戦ったら、黒海に殺されて終わりだぞ! 早くしろ!」
「……わかりました。信仰の力を、あなたに預けましょう」
ミカエルは懐から鈍く輝く石ころを取り出す。どこから調達したのか、魔王の指輪のように強い魔力が込められている。
「そうか……。ラファエルの魔力を回収してたんやな!」
土塁の内側で麻衣はつぶやく。あれが天使の力の根源だ。前々世でアスモデウスが四人の魔王の力を奪って二つの指輪に分けて封印したのと同様に、ミカエルはラファエルの力を保存していた。麻衣の前々世の記憶を鑑みるに、ラファエルの力もそもそも別の誰かのもので、ミカエルはそれを奪っていたということだろう。
山北はひったくるようにミカエルの手から魔石を取り、強引に自分の胸へと埋め込む。天使の力は解放され、山北は獣のような叫び声を上げる。
「ガアアアアッ!」
山北の体は魔石の影響を受けて変貌していく。筋骨隆々だったオークの肉体が、さらに獣のように、攻撃的に。天使のように神々しく。背中からは他の天使と同じように翼が伸び、下半身はさながらケンタウロスのような毛むくじゃらな四本足となった。
顔面の牙は少しだけ引っ込み、髭というには毛の量が多すぎるが、多少人間に近くなる。かぶっている和風の兜は巨大な鍬形が屹立していて、和風伝奇物に出てくる鬼を彷彿とさせる。平安~鎌倉風の大鎧で身を覆い、〈童子切安綱〉を腰から下げ、手には大弓。
背中の翼や馬体となった下半身と釣り合いがとれず、和洋折衷のキメラと化していたが、それだけにこの世のものではないおぞましさと威圧感を放っている。普通に思春期女子サイズのリヴァイアサンと比べれば、体は一回りも二回りも大きい。宿している魔力も疑問の余地を差し挟むことなく魔王級だ。
本当に適応できるか心配していたのだろう、ミカエルは安心したように息を吐き、汗を拭った。
「うまくいったようで何よりです……。戦いが終われば私の力で形を整えましょう……。今のままでは天使ではなく化け物です」
魔王と天使に違いなどない。本質的には同じものだ。化け物のような姿で天使の力を振るうこともできるし、天使の姿で化け物のような力を振るうこともできる。
「余計なお世話だ。俺はこいつらをぶっ殺せるなら何でもいい。そして弱い自分も殺す。それが俺の正義だ……! 力こそが、正義なんだ……!」
獲物を前にした虎のように、山北は獰猛に笑う。山北の魔力がさらに増した。魔王の指輪と同じだ。山北と一体化した魔石は、現世から狂いそうなほどに沸騰した人間の感情を集めて魔力に変えている。
かつてラファエルに埋め込まれ、今は山北のものとなったこの魔石の場合、吸引しているのは「正義」のようだ。山北に完全適合しているわけではなさそうだが、それでも魔王を倒そうという強い意志で力を引き出し、制御することに成功している。
「山北君……どうしてあなたはそこまで私たちを憎むんですか?」
リヴァイアサンは悲しげに目を伏せながら、山北に問い掛ける。山北はフンと荒馬のように激しく鼻を鳴らした。
「気に入らないんだよ……! 自分勝手なクソガキも、クソガキをチヤホヤするおまえらもな!」
土塁に隠れている麻衣はあきれ顔を浮かべる。
「あんたの理屈がクソガキそのものやんけ……」
要するにシンがモテまくっているのが気に入らないという、それだけの話だった。山北は声を荒げる。
「うるせえよ! どうせおまえら全員、あのバカにちょっと助けられたとか、ちょっと優しくされたとかで惚れたんだろ!? おまえら全員頭空っぽのカルガモか!? イケメンならそれでいいのかよ! むかつくんだよ!」
山北の心からの叫びに対し、葵は失笑で返す。
「ハハハッ、そっか。君は昔、羽流乃のことを好きだったよね? それって羽流乃にちょっと助けられたからじゃないの? それに、冬那のことが好きだった。ちょっと優しくされたから。そうだろう? 君だって顔がかわいければそれでいいんじゃないの。馬鹿じゃない」
「殺すぞ、淫売!」
山北は葵を口汚くののしるが、認めているも同然だ。人間、人を好きになるのに大した理由はない。問題はそこではない。最後に、山北の幼馴染みである羽流乃は訊く。
「山北君、あなたは自分を省みず誰かを助けたことがありますか? 困っている誰かを見過ごさずに優しくしたことはありますか?」
「……」
山北は何も返す言葉が出てこず、黙り込んでしまう。羽流乃は続ける。
「あなたが誰かのために動いたところを、私が見たことはありません。それが悪いとはいえないでしょう。それが普通です。あなたは悪い人ではありません。ただの、普通の人です。だから、申し訳ありませんが、私はあなたには何の魅力も感じなかった」
羽流乃の言葉を遮るように山北は憎々しげに声を上げる。
「もういい……! 俺はおまえらが気に入らないから殺す! それだけだ!」
「ならば、私がお相手して差し上げますわ」
幼馴染みに引導を渡すべく羽流乃は刀を携え土塁から出る。ミカエルは汗を垂らしながら成り行きを見守るばかりだった。




