38 魔王の誕生
「当たり前だろ。俺は冬那のことを他のみんなと同じように、大事だって思ってる。そうじゃなきゃ嫁に来てくれなんて言わねえよ。これからも、一緒にいてくれ!」
シンの言葉を聞いて、ようやく冬那は少しだけ笑みを見せる。
「シン先輩、ありがとうございます……。きっと私は、もっと早くうらやましいって思わなきゃならなかったんです……! もっと早く、シン先輩と一緒に生きたいって思わなきゃならなかったんです……! そうだったらこの指輪の力も、きっと自分だけで使えた……!」
はめている水の指輪に目を落とす冬那の瞳が、いつも以上に凜としたものになる。シンにもわかった。強い意志は、この世界では力となって発現する。生への衝動、命の輝きが冬那の中で膨らみ、魔力をなそうとしていた。
「今からでも間に合うさ」
もう冬那は種なしなどではない。この世界で懸命に生きる、一つの命だ。シンは笑顔とともに声を掛けるが、割り込むものがあった。
「いいえ、ここで終わりです」
「! 避けてくださいまし!」
「ガブリエル、やめなさい!」
羽流乃は警告し、ミカエルもガブリエルを制止する。シンはとっさに身をかわそうとするが、今のシンは冬那に肩を貸している状態だ。自分一人なら確実に避けられたが、そうはいかない。
シンに支えられてよろよろと歩いていた冬那の背中を、一本の剣が貫いた。冬那には声を上げる暇さえない。ガブリエルが持っていた剣を投擲したのだ。冬那は地面に縫い付けられるようにして倒れる。剣を中心に真っ赤な血が地面に広がった。
見た瞬間にわかった。冬那は即死している。剣は、正確に冬那の心臓を貫通していた。冬那はピクリとも動かない。魔力のない冬那は転生することさえできず消えるだろう。冬那はもう二度と、泣くことも笑うこともない。
「てめぇ! 許さねえ!」
いつの間にかガブリエルは羽流乃の刀から逃れ、ミカエルの傍に退避していた。段取りの全てが頭から吹き飛ぶ。シンは剣を振りかざしてガブリエルに突進する。ガブリエルはミカエルを守るように前へと出てくる。
「どうして冬那を狙った! 狙うなら俺を狙えよ!」
「彼女から邪悪な魔力を感じました。神に逆らう邪悪なる者は、この世から消されて当然です」
ガブリエルは目に一点の曇りもなく大真面目に言った。先ほどガブリエルを止めようとしたくせに、何食わぬ顔でミカエルは賛同する。
「その通りです。悪は滅されなければなりません」
「うるせえ! おまえら全員、ぶっ殺してやる!」
一瞬でシンの脳味噌は沸点に達した。まだシンの中に残っていた中村先生──ミカエルへの敬意は綺麗さっぱり吹き飛ぶ。手にしていたのが何の魔力も帯びていない鉄の剣だということも忘れ、シンはガブリエルに斬りかかった。
「そのような鉄の棒切れで、私を傷つけられると思ったのですか?」
ガブリエルが剣を一閃すると、シンの剣は中ほどからスッパリ切断された。構うものか。そのままシンは踏み込み、拳をガブリエルの顔面に叩きつける。
「オラァッ!」
「ウグッ!」
シンの気迫が勝ったのか、何の魔力も帯びていないはずの拳を受け、ガブリエルは苦痛で顔を歪ませる。怒りで脳細胞は沸騰しているが、シンは冷静だ。深追いはしない。
地の指輪で体を軽くして、シンは後ろに飛び退く。ガブリエルは追撃を掛けようとするが、シンはオオカミを呼び出してけしかけ、牽制する。そして後ろを振り返ることなく、シンは叫んだ。
「葵、力を貸してくれ!」
しかし、葵は拒否する。
「いや、僕よりふさわしい人がいるよ」
シンは後ろを振り返る。そこには無傷の冬那が立っていた。
「冬那!? いったいどうやって……!?」
シンは冬那の隣に着地しつつ、驚きを隠せない。完全にガブリエルへの対応がお留守になっていたが葵が土壁を作り、さらに羽流乃が刀を振るって追い払う。山北も冬那の動きを阻止しようと動きかけるが、麻衣が連れてきた近衛兵たちに命令してマスケット銃を撃たせ、弾幕を張って寄せ付けない。
羽流乃にはもう魔王の力はないが、それでも攻撃だけに魔力を注ぎ込めば天使でも無視できない存在だ。人間としては最強クラスだろう。羽流乃がガブリエルを抑えている間、シンと冬那は、落ち着いて話ができる。
「みんなのおかげです……。みんながうらやましい、みんなみたいにシン先輩の力になりたいって……そう思ってもいいんだって思ったら、転生できました」
今の冬那は葵、羽流乃、麻衣に負けないくらい魔力に満ちあふれていて、強い魂の力を感じる。つまり、今の冬那は魔王の力を扱えるということだ。ガブリエルの魔法で操られていたときと同じように。意志の力で、冬那は魔王に転生したのだった。
「ここは死後の世界で、地獄です。私は所詮、借り物の力を使えるようになっただけ……。私は死ななきゃ何もわからなかった大バカ者です。こんな私でも、シン先輩は受け入れてくれますか?」
「当然だ!」
シンは言い切った。冬那は一歩退いた位置から、常にシンを支えてくれていた。シンのために、地獄にまで墜ちてくれたのだ。シンが冬那を認めないわけがない。
この世界は、人の願いが叶う世界だ。内心不安だったのだろう、冬那は破顔一笑し、シンの手を握って水の指輪をはめてくれる。
「先輩、私と一つになってください!」




