36 夢
「シン君、私はあなたのことが男性として好きです。私を、あなただけの私にしてください」
ああ、ついに言ってしまった。不安と期待が入り交じって深紅の液体が、心臓の中で爆発する。シンならきっと、否とは言わない。そう確信しているのに、緊張で体はガチガチだ。
一拍おいて、シンは返答する。
「……羽流乃、俺もおまえのことが好きだ」
シンは照れくさそうに微笑む。さらに羽流乃は訊いた。
「一生一緒にいてくれますか?」
「……もちろんだ」
重々しく、シンはうなずく。長い付き合いだからわかる。シンが嘘をついていないのは明白だ。シンは真面目に考えた結果、YESを提示してくれた。
歓喜に体が打ち震えた。やっぱりシンの心は、羽流乃とともにあったのだ。かつて一緒に戦っていたときと同じように。自然と羽流乃の瞳から涙がこぼれる。羽流乃の人生の全てが肯定されたような気がした。今なら自信を持っていえる。シンにとって最良のパートナーは葵でも麻衣でも冬那でもなく、羽流乃だ。
だからこそ羽流乃ははっきりさせておかなければならない。羽流乃は尋ねた。
「でも、シン君は麻衣さん、冬那さん、葵さんと別れる気はないのでしょう?」
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「でも、シン君は麻衣さん、冬那さん、葵さんと別れる気はないのでしょう?」
羽流乃がその一言を放った瞬間、ジンベイザメやマンタがたゆたう水中通路は綺麗さっぱり消滅して、二人は真っ暗闇の中に放り出された。まさかここで見抜かれるとは。シンが動じたら話にならない。シンは内心で焦りまくっているのを必死に抑え、答えを返す。
「……ああ。羽流乃も、葵も、麻衣も、冬那も、全員俺の大事な人だ。全員と、別れる気はない」
これが嘘偽りないシンの気持ちだった。全員が隣にいないと、シンは満足できない。誰一人として逃す気はない。
「ここは、夢の中ですわね?」
「そうだ」
羽流乃に確認され、シンは首肯した。麻衣の力を使って、シンは羽流乃の夢に侵入していたのだ。そして修学旅行の夢を見せ、シンたちは羽流乃を説得しようとしている。
葵や麻衣も、一緒に羽流乃の夢の中に入っていた。夢の中で過ごした修学旅行三日間を通じて羽流乃は何度も麻衣の魔法であると気付きかけ、そのたびにシンたちは肝を冷やしたものである。途中で葵は本気で体調を崩して葵も麻衣も離脱し、シンだけが最後に残った。そしてここまで辿り着いた。
「私は、自分が見たい夢を見ていただけなのですね……」
羽流乃は寂しげに笑う。もし飛行機が墜ちなかったら、この夢と同じように羽流乃はシンに告白していた。シンもきっと、先ほどと同じように答えを返しただろう。羽流乃が望んでいたように、シンは羽流乃だけのシンになっていた。
「いや、俺が見たい夢でもあったんだ。羽流乃を好きだって気持ちは、嘘じゃない。俺はおまえがほしい」
真剣な顔で、シンは伝える。羽流乃がシンの隣に立つことを望んでいたのと同様に、シンだって羽流乃に隣にいてほしい。
思い返せば、この世に生まれたばかりのシンを導いてくれたのは羽流乃である。正義感だけで猪突猛進するシンにそれだけではだめだと教え、ときには肩を並べて戦い、ときには背中を守ってもらった。羽流乃がいなければ、どこかで大失敗して娑婆にいられなくなるか挫折して諦めるかで、今のシンは存在しなかっただろう。
羽流乃がいない人生なんか考えられない。誰よりも羽流乃のことを愛おしく思っているのはシンだと、確信を持っていえる。羽流乃は絶対、シンのものにする。
「ならば他の三人と別れてくださいまし」
羽流乃は当然の要求をする。それに対して、シンは同じ返答しかできない。
「無理だ。俺は、全員が大事だから」
大真面目な顔で無茶を言うシンを見て、羽流乃はフッとおかしそうに笑う。
「前から思っていましたけれど……シン君は本当にバカですね」
「そうだな。でもこれが俺なんだ」
シンも笑顔を見せた。羽流乃がとうてい飲めない要求をしているのはわかっている。倫理的に、シンの方が間違っていることもわかっている。それでも自分の気持ちに逆らうことができない。
羽流乃はポロポロと涙を流しながら笑顔を浮かべ続ける。
「全く、あなたほどバカでダメな男は他にいませんわ。やっぱり、シン君には私が一緒にいないと……」
羽流乃は泣きながらシンに抱きついてくる。シンは羽流乃の重さと熱を、しっかりと抱き留めた。
「一生羽流乃のことを大事にするって誓うよ」
「私も、シン君のことを一生大事にします。麻衣さんも、冬那さんも、葵さんのことも」
「ありがとう、羽流乃……」
「思いっきりあなたが甘えて、受け止められるのは私くらいしかいませんから……。お互い、約束を守りましょう」
シンと羽流乃を取り巻く周囲がぼやけていく。夢は、覚める。




