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13 墜落

 シンは後ろの羽流乃に目配せしてから、立ち上がった。


「コクピットに行こう」


 やはりここまでの事態になっているのに、何のアナウンスもないのは異常だ。まずは、コクピットの状況を知らなければなるまい。


「そうですわね……」


 羽流乃も若干青ざめていたが、シンに賛同してくれた。コクピット周辺には暴徒と化した乗客が溜まっていることが予想される。羽流乃は自分の荷物を開き、木刀を取り出す。シンは目を丸くした。


「よく持ち込めたな……」


 まさか機内にまで持ってきているとは思わなかった。しかし、武器があるだけで多少は心強い。


「シン君が何か問題を起こしたら、私が矯正しなければなりませんので」


 冗談めかして羽流乃は言った。木刀を手にしたことで平常心を取り戻したらしい羽流乃は頼もしげだ。麻衣は未だ錯乱状態だが、冬那がしっかりと麻衣を抱きしめる。


「麻衣ちゃん先輩、落ち着いて……! こっちは私が見てますから、先輩たちはお願いします!」


 よく通る冬那の声を聞き、シンの心は凍り付いたかのように震えるのをやめた。みんなのためだ。俺がしっかりしなきゃ始まらない。


「行きましょう!」


「ああ!」


 シンは羽流乃とともに通路を駆けてコクピットを目指した。走りながら、シンと羽流乃は会話する。


「……こうしてシン君と一緒に戦うのは、久しぶりですわね」


「いや、戦いってわけじゃないだろ」


 シンは苦笑する。あくまでコクピット周辺の状況を探りに行くのであって、小学生時代のように殴り合いをするわけではない。でも、感覚としては同じだった。背中に羽流乃を感じると、シンはグッと落ち着く。それは羽流乃も同じだった。


「やはり私にはシン君が必要ですわ。五分後には死んでるかもしれないのに、シン君と一緒なら、大丈夫な気がします」


「やめてくれよ。俺にそんな力はない」


 シンは苦笑するが、羽流乃はいたって真剣だ。


「いえ、シン君といれば絶対大丈夫って思えるんです。シン君には、オーラを感じるから……! どんなピンチでも切り抜けられそうな、強者のオーラを……!」


 羽流乃はシンを信用してくれている。シンも応えたい。羽流乃は小声で尋ねた。


「……私のことを心配して、最近は誘ってくれなかったのですよね?」


「……ああ」


 シンは認める。腕力が必要なトラブルもないことはなかった。でも、羽流乃が危ないと思ったので誘わなかった。


「私は女ですものね。本当はわかっていました。シン君が正しいって。だからきっと、今回が最後です」


「……」


「シン君、無事に帰ったら、私を守ってください。女として」


 羽流乃がここまで言っているのだ。ノーという選択肢はない。


「わかった、約束する」


 シンは、うなずいた。まずはこの難局を切り抜けなければ。とりあえず、コクピット周辺に集まっていると思われる群衆を追い散らす方法を考えよう。




 予想通り、コクピット前には乗客が集まり、大騒ぎになっていた。シンは途中で調達した空のトランクをスマホの自撮り棒で叩いて大きな音を出し、群衆を追い散らしてコクピット前に到達する。


 シンはコクピットのドアノブに手を掛ける。ドアノブはぴくりとも動かなかった。


 ここで剣の大先生の出番である。羽流乃はドアの前で呼吸を整え、構えを取り、気合いの一声とともに木刀をドアノブに振り降ろす。


「チェストォ!」


 さすがに飛行機のドアは頑丈で、木刀はぽっきりと折れた。しかし、ドアノブとそれに連動する鍵は一緒にはずれ、勢いよくドアが開く。そこにあったのは、想像を絶する光景だった。


 コクピットそのものが、消失していた。辛うじて残っていた座席がなければ、そこをコクピットだと認識できなかったかもしれない。座席の前にあるはずの計器類は綺麗さっぱりなくなっていて、天井や側面の壁さえない。真っ黒で、冷たい大気だけが広がっている。墜落していないのが奇跡だ。


 座席にくっついているのはいったい何があったのか黒焦げになって、明らかに死んでいる二人の操縦士。そして、座席と座席の間にその生き物がいた。


 気圧差で外に飛ばされそうになり、必死にドアにしがみつきながら、シンはその生き物を観察する。


 最初は猿だと思った。真っ赤な毛に覆われた、二メートル近い二足歩行の化け物。背中にはコウモリのような翼が生えていて、何をするでもなく座っている。


 直感的にわかった。こいつはこの世界の生き物ではない。飛行機をこんな状態にした犯人も、こいつだ。


 シンの勘は正しかった。この悪魔のような生き物は、ただ座っていただけではない。休んでいたのだ。


 化け物は立ち上がり、腕を広げる。化け物の爪の先から青白い雷が放たれ、飛行機の両翼に向かって直進する。


 シンが観測できたのはそこまでだった。コクピットから主翼に届くほどの雷撃を放てば、常識で考えて近くにいるシンが無事なはずはない。なぜこいつは、これほどの力を持ちながら飛行機を墜とさず遊んでいるのだ。疑問を浮かべると同時に一瞬の苦痛の後、シンはこの世から消失した。

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