27 激突
グノーム=シルフィード二重帝国軍はひたすら街道を南下する。スコルピオで休息していたサラマンデル軍は迎撃のために出撃し、両軍はスコルピオから少し離れた街道沿いで対峙することとなった。
約二万vs約二万と数はほぼ互角で、遮蔽物の類は全くない平原。砦が築かれた小高い丘がサラマンデル軍の背後にあり、数百人の兵士が詰めている。そのため、後ろに回り込んだりするのは難しい。
天候は安定しており、特筆すべきことはない。風のない穏やかな晴れが続きそうである。時刻は十五時といったところで、よほど長引かなければ明るいうちに戦闘は終わるだろう。
とどのつまり、不確定要素のほとんどない真っ正面からの殴り合いになるということだ。小細工は一切なしで、シンプルに強い方が勝つ。両翼に最強戦力を配置して、包囲殲滅陣でも敷けばいいのだろうか。しかし向こうにもミカエルがいる。自分を配置する場所を間違えれば、ミカエルに自軍を蹂躙されることになりかねない。
「先生はどこにいるんだろうな……?」
ユニコーンに乗ったシンは最前線まで進出し、敵軍を見回す。見渡す限りに密集した人の塊が点在し、それぞれ赤い軍旗をはためかせている。凄まじい迫力だった。これほど大規模な野戦はシンも初めてである。これが二万人の軍勢か。
「きっとあそこだよ」
馬に乗ってシンの隣まで来た葵は、敵軍中央の前列をひょいと指す。最前列ではないが、わりと前目の位置である。どうしてわかるのだ。
「よく見なよ。あそこに布陣してるのは人間じゃなくてオークさ」
「なるほど、先生は山北と一緒にいるのか……!」
「それに、あの軍旗はエゼキエル家のものだね」
山北に加え羽流乃までいるのなら、あそこにミカエルがいるとみて間違いないだろう。そうでもない限り、シンを殺さなければ気が済まない山北と、離婚や帰還が要求事項の羽流乃が一緒にいるのは説明がつかない。ミカエルは山北や羽流乃に露払いをさせて、シンとの直接対決に臨む気だ。
「僕らであそこを叩く。軍には普通に戦ってもらう。それだけだね」
両軍とも歩兵を中心とした部隊を中央に置き、両翼に騎兵を置くというスタンダードな布陣をとっている。こちらも相手も、まともにやり合う気満々だ。
ヨハン家の軍勢を引き連れて参加している間宮に斬新な作戦はないかと訊いてもみたが、答えはシンプルだった。「あんたが勝てば勝ち。負ければ負け」。数も質も同等なので、下手に小細工した方が負けるという判断である。
敵軍の中央奥手には一際派手な軍旗が翻っていた。向こうは国王自ら遠征に出てきている。それだけ本気ということだ。本陣の前には王弟ピスケス伯フィリップが布陣し、兄を守っている。
さらに敵軍右翼に見えるのはサラマンデル軍の伝説的名将、ジャック・ヴィラールの軍旗だ。敵軍右翼正面には間宮の率いるシルフィード騎兵を配置しているが、果たしてどれほど抑えられるか。
「できるだけ力を温存して先生のところまで行こう。あとは、僕たち次第だ」
軍全体の指揮は後方に置いた本陣に任せて、シンたちは前列に陣取った。
どちらともなく中央で歩兵部隊の進撃が始まり、戦端が開かれる。槍兵とマスケット銃兵で混成された数百人ずつの集団が、それぞれ指揮官の指示に従って激突した。混成といっても槍兵は騎兵に備えるために銃兵の半分程度の数がいるだけなので、メインはマスケット銃だ。耳が痛いくらいに雷鳴のような発砲音が響き、黒煙が周囲を漂う。
シンたちの前面には部隊を厚く配置して、一気にミカエルたちがいるところまで乗り込む予定だった。ところがオークを中心とする軍勢は凄まじい勢いでグノーム軍を打ち破り、どんどんシンたちのところに近づいてくる。
いったい何が起きているのかと見てみれば、オークの軍勢にはサラマンデル軍から編入されたと思われる人間のマスケット銃兵に加え、オークの騎兵が混じっていた。
オークの弓兵と人間の銃兵が火力で打撃を与えた後、間髪入れずに後ろに控えていた分厚い鎧と長槍を装備したオークの重装騎兵が突撃を仕掛けてグノーム軍の陣を破壊してしまう。
統率が不安視されるオークの騎兵を人間に混じって両翼に配置するわけにはいかなかったがための苦肉の策なのだろうが、今回は見事にはまっていた。ちなみにこちらの軍勢もワーウルフ族、ドワーフ族といった亜人の軍勢は人間と別に本陣後方へと配置している。
グノーム軍は騎兵への対応が遅れ、次々と陣を破られる。銃剣でも発明していればよかったのだろうか。いや、銃剣程度では重装騎兵の衝撃力を受け止めきれない。
敵の銃兵、弓兵たちも止まって射撃するのではなく、走れるだけ走ってからの射撃、装填でどんどん前に出てくる。圧力に負け、グノーム側は後退する一方となる。これはいけない。シンは自らの力で事態を打破することにする。
「水の力に地の支配! 氷よ、防げ!」
オークたちとグノーム軍の間に氷の壁が出現し、いったん戦闘が止まる。氷の壁はすぐに消えるが、オークたちの勢いは止まった。グノーム軍は槍兵で方陣を作り、その脇に銃兵を控えさせるという陣形をとる。
構わず敵軍は前進してくる。銃兵たちの一斉射撃で敵兵はバタバタと倒れた。しかし銃といっても所詮は火縄銃なので、装填には時間が掛かる。相手も矢弾を撃ち込み、続けて騎兵の突撃が始まった。
しかし今度はこちらも相手の手がわかっている。銃兵たちは素早く槍兵たちの後ろに逃げ込み、槍兵たちは槍衾を騎兵に向ける。本能から、馬たちの足が鈍った。
構わず突撃して前列を薙ぎ倒した者もいたが、そこまでだ。負傷して暴走した馬から騎手は落馬して、討ち取られる。方陣の隙間から銃兵も射撃を開始。これだけ接近すれば分厚い鎧でも銃弾を防げない。至近距離からの射撃を喰らい、立ち往生したオークの騎兵たちはバタバタと倒れた。
「よし……! いい感じだ……!」
ユニコーンに騎乗して戦況を見守るシンは拳を握る。オークを壊滅させれば、山北やミカエルが出てくるだろう。俺がぶっ倒してやる。
「アカン! シンちゃん、逃げるんや!」
そもそも、前ばかりを見ていたのが油断だった。周囲に飛ばしていた使い魔のハエから報告を受けた麻衣は警告を発するが、間に合わなかった。
「シン君、覚悟してください!」
〈和泉守兼定〉を振りかざした羽流乃を先頭とした騎兵の一団が、横合いからシンたちのいる近衛兵からなる陣に雪崩れ込んでくる。
「俺は大丈夫だ! 冬那を頼む!」
「無理せず逃げるんだよ!」
葵は自分の馬に冬那を乗せて逃げる。使い魔の使役に集中していた麻衣も集中的に狙われて空中待避せざるをええなくなる。残されたシンは完全に孤立してしまう。
「クッ!」
慌ててシンはユニコーンを走らせようとするが、羽流乃の方が速かった。羽流乃は後ろからシンに追いつき、刀を振り下ろす。
刀はシンの右手を切り落とした。興奮のせいか全く痛みは感じない。シンの右手は地面を転がる。シンは構わずユニコーンを走らせる。すかさず麻衣はハエを飛ばしてシンの右手から指輪を回収しようとする。このまま振り切って、立て直す。
「これで終わりではありませんわ!」
シンは羽流乃を引き離そうとする。羽流乃も馬に拍車を入れて走らせ、シンの後ろについてから短筒を発砲。銃弾がシンの左手を打ち抜く。
さすがに、もう手綱を握っていられない。シンは落馬した。




