23 覚醒
夢を見ていた。羽流乃たちは畳の部屋で、トランプで遊んでいる。演目は大富豪。葵は口ではくだらないなんて言いつつ熱くなっていて、冬那はニコニコしながらエグい札を出してくる。シンは考えすぎてドツボにはまってうなり、麻衣は下ネタを連呼して、羽流乃は麻衣に教科書アタックを掛ける。
みんな、楽しそうだった。ただ、部室で駄弁るだけの夢。何の変哲もない、日常の風景。でも、どうしてだろう。妙に懐かしい。
(それはそうですわね……。もうこっちに来てから結構経ってますもの)
夢の中でぼんやりと考えながら、ふいに羽流乃は気付く。はて、こっちとはどこのことだろう。
(私はグノーム王国の近衛隊長で、クラスの委員長で……)
急速に、違和感が頭の中に広がっていく。なぜ自分が葵の言うことに唯々諾々と従っている? あのときなぜ自分は麻衣を躊躇なく殺そうとした? なぜ種なしだからと冬那に嫌悪感を抱いていた? なぜ自分が、シンに持ち込まれる縁談を断る仕事をしなければならない?
羽流乃はカッと目を見開き、飛び起きる。無骨な内装の、電気製品の一切ない部屋。羽流乃の寝床となっている王宮内の一室だ。夢ではない。確かに羽流乃はこの世界に転生している。
「思い出しましたわ……! 思い出しましたわ~~~~~!」
羽流乃の絶叫が、王宮中に響いた。
○
すがすがしい朝だ。また縁談を持ち込む貴族がいるかもしれないので人前には出られないが、その分仕事に打ち込める。今日もがんばろう。
そう思いながら食堂でみんなと一緒に朝食を食べていると、肩をいからせながら羽流乃がシンのところまでやってきた。きっと縁談の件で怒っているのだろう。皇帝として、しっかり礼を言った上で仕事をやってもらおう。
「あ~、羽流乃、辛い仕事を押しつけてしまってるのはわかってる。だけど、俺はおまえを信用してるからこそだな……」
立ち上がって宣い始めたシンをスルーして、羽流乃は奥にいる葵のところまで歩いていき、胸ぐらを掴んだ。
「よくも今までこき使ってくれましたわね……! どうしてあなたがシン君の妻に収まっているのですか……! 絶対許しませんわよ!」
「おい、羽流乃やめろ!」
慌ててシンは羽流乃を葵から引き剥がす。羽流乃はシンの胸ぐらも掴んで、激しく揺さぶる。
「シン君もシン君ですわ! 葵さんとも、麻衣さんとも、冬那さんとも結婚して、挙げ句の果てに皇帝!? いったい何を考えているのですか! 私たちは一刻も早く元の世界に戻らなければならないでしょう!」
元の世界。その言葉にシンは反応する。
「羽流乃! おまえ、記憶が戻って……!」
「ええ! 寝て起きたら、全て思い出しました!」
鼻息を荒くする羽流乃の隣で、葵はのんびりと首を傾げる。
「この世界の記憶の浄化は、そんな生やさしいものじゃないんだけどなあ。魔王クラスが介入しないと、記憶が戻るなんてありえないんだけど……。でも、そんなのが魔法使ったら、僕らにもわかるはずだし……」
「う~ん、鼠が入り込んでるのかもしれへんなあ。王宮の人間の素性、洗ってみた方がええで」
いつの間にかやってきていた麻衣ものんびりとうなずく。指輪を使って広間の鏡をくぐり抜けてきたらしい。遠征について、葵と打ち合わせる予定だったのだ。
「重婚なんて絶対認めません! 今すぐ離婚しなさい! 今すぐ、ですわ!」
「ちょ、羽流乃、落ち着け!」
羽流乃はシンの襟元を強く握り、半ば首を絞めるような形になっていた。葵はやれやれと首を振る。
「離婚なんてできるわけないだろ? 戦争になるよ?」
「せやせや。シンちゃんと結婚することでウチと葵が同格ってことになってるんやから、離婚したらめっちゃまずいわ」
葵と麻衣のどちらかと離婚すれば離婚された方の立場がないし、両方と離婚すればシンの立場がなくなる。冬那と離婚すれば縁談を迫る貴族たちの圧力に負けたことになってしまう。離婚なんていう選択肢は全く現実的ではないのだ。
「そんなの言い訳ですわ! 冬那さんもおかしいと思わないのですか!?」
話を振られた冬那はニッコリと笑う。
「う~ん、常識的ではないですけど、先輩らしくていいじゃないですか。私たち全員を大事にしてくれてるっていうか……。だから、羽流乃先輩も大丈夫ですよ。シン先輩なら、受け入れてくれます」
「は……?」
羽流乃は眉をひくつかせる。麻衣はズバリ言った。
「羽流乃ちゃんもシンちゃんと結婚すればええねん。葵、ええやろ?」
「うん、いいんじゃない。最後の一人は羽流乃だし」
あっさり葵はうなずく。シンは訊いた。
「ちょっと待て。最後の一人が羽流乃って、どういうことだ?」
「決まってるじゃないか。羽流乃こそが火の魔王の生まれ変わりなんだよ」
こともなげに葵は答え、シンはひっくり返りそうなくらいに驚く。
「はああああ!? 羽流乃、本当か!?」
「なんとなくですが、その記憶も戻りましたわ。今の私がシン君の体を借りれば、火の魔王の力を使えるでしょう」
不機嫌げな顔をしたまま羽流乃は言った。とすれば、シンの目標は達成された。シンはウキウキで、さらに尋ねる。
「じゃあ俺たちは、現世に帰れるのか!?」




