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12 航空事故

 羽田から那覇までの空の旅は三時間ほど掛かり、午前十一時頃到着予定だ。学校に集合したのは朝の六時頃であり、寝不足気味だったシンはいつの間にかうとうとしていた。周囲が温かくて、気持ちいい。しばらくこうしていたい。


「シン君……! 起きてくださいまし……! 非常事態です!」


 シンは体を揺すられ、身をよじる。


「何だよ……。寝かせてくれよ……」


 シンを起こそうとしていたのは羽流乃だった。羽流乃は鋭い声で異常を知らせる。


「寝ている場合ではありません! 外を見てください!」


「……! なんだこりゃ!?」


 気付けば外は真っ暗になっていて、ゴロゴロと雷の音が響いていた。飛行機は積乱雲の中を飛んでいるようで、時折稲光が見える。しかし、驚くべきはそこではない。


「エンジンが……!」


 シンの座席からは、ちょうど主翼が見える。主翼の下には二つのエンジンがぶら下がっているのだが、その二つともが火達磨になって燃えていた。高度が落ちていないところを見ると、反対側の主翼は無事なのだろうが、かなりの緊急事態である。


 シンは叫びたくなる衝動をこらえ、努めて冷静な声で羽流乃に訊いた。


「どうなってるんだ? 機長からの説明は!?」


 羽流乃は首を振る。


「何のアナウンスもありませんでした。客室乗務員が操縦室を見に行きましたが、帰ってきません」


 誰も彼もが不安げな表情で、そわそわしていた。


「大丈夫なんやろ? 墜落とか、せぇへんやろ?」


 羽流乃の隣に座っている麻衣が泣きそうな声で尋ねる。羽流乃は固い声で「わかりません」と答える。これがいけなかった。


 麻衣は火がついたように泣き叫ぶ。


「嫌や! 死にたくない! 怖い、怖い! 誰か助けて! ママ、ママ~!」


「落ち着け! 墜落なんてそうそう起きない! エンジンが一つでも生きていれば、大丈夫だ!」


 口早にシンは言うが、後の祭りだった。パニックは伝染し、機内のあちこちで怒号と悲鳴が飛び交う。


「機長は説明しろ!」


「もう終わりだ! 墜ちる、墜ちるんだ!」


「降ろしてくれ、死にたくない、死にたくないんだ~!」


 座席で縮こまったまま泣きわめく者、席を立って、非常口を叩く者、「パラシュートはどこだ!」などとあるはずもないのに荷物入れを開ける者、様々だった。シンや羽流乃がいくら声を張り上げても、騒ぎが収まる気配はない。


 先生方は何をやっているんだ、とシンは周囲を見回す。見れば、向こうの方でいつものように神経質そうな顔をした中村マイケル先生が、額に汗を浮かべて説法をする牧師のように滔々と乗客に語りかけ続けていた。顔色が普段よりさらに青白い。


 パニックが収まる気配はなかった。それもそうだろう。ここは教室ではないのだ。他の先生方も頑張っているようだが、沸騰した狂気が収まることはない。


「どうすりゃいいんだ……!」


 シンは途方に暮れる。騒ぎを静めたところで、シンに飛行機をどうにかできるわけでもない。シンは自分の座席に座り、頭を抱える。


「もうどうしようもないよ。どうにもできない」


 不気味なほどに落ち着いた声で、葵は言った。シンは葵の方に向く。葵は離陸前と同じように、つまらなさそうな顔をして、窓の外を眺めていた。


「こんなところで諦められるかよ……! みんな、まだまだやりたいことがあるはずだ! 俺だってまだ死ぬわけにいかない」


 シンの言葉を聞き、葵は冷笑する。


「僕はやりたいことなんかないね。いつ死んだってべつにかまわないさ。どうせ、僕が死んで悲しむ人なんていないし……」


 シンは即答した。


「俺は悲しむよ」


 葵は反論しようと口を開きかけるが、シンが先だった。


「無理するな。さっきからずっと、足が震えてるぞ」


「違う……。僕はそんなのじゃ……!」


 葵はうつむいて自分の足を見る。葵の足は、痙攣したようにずっと震えていた。


 自覚して、恐怖に飲まれそうになったのだろう、葵は顔を真っ青にしながら喋り続ける。


「そもそも、僕は飛行機が墜落したくらいじゃ死ねない体なんだ。君も知ってるだろう? 僕は『魔女』なんだ。箒で空を飛べるし……自分の体重を軽くする魔法が使えるんだよ。だから、この高度から落ちても死なない……じゃなかった、死ねない……!」


 シンは葵の両肩に手を乗せ、葵の顔を覗き込む。


「大丈夫だ。気をしっかり持て!」


「え? ああ……」


 葵はシンの迫力に圧されたのか、気が抜けたような声を出す。


「絶対に俺がなんとかするから! だから待っててくれ!」


「君には、いや誰にも無理だろう……」


 多少は冷静さを取り戻したのか目を伏せながら葵はぼそりと言う。葵の言うことは正しい。だが、座して死を待つというのならそれは間違っている。


「今だから言うけど、僕は君のこと、嫌いじゃなかったよ……」


 葵は半ば独り言のようにつぶやいた。ならば無事に沖縄に到着して、一緒に修学旅行を楽しもうではないか。

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