15 万事休す
「黒海、無事か!?」
「え、ええ……なんとか……」
火の魔法で落ちてくる瓦礫を叩き落とした落合に声を掛けられ、冬那は息も絶え絶えにうなずいた。こんなに必死になって走ったのは、冗談抜きに生まれて初めてだ。今までは、そもそも病気のせいで走ることなんてできなかった。この世界に転生して、体も健常者のそれに変化しているらしい。
「クソッ、委員長たちとははぐれちまったか……! 無事だといいんだが……!」
落合はそう言って周囲を見回し、表情をこわばらせる。冬那もどうして落合がそんな顔をしているのか、すぐにわかった。オークの集団が、ぽつりぽつりと近づいてきているのだ。
「俺だって、最初はダンジョンで戦ってたんだ……! 黒海、俺の近くから絶対に離れるなよ……! オーク二、三匹までなら俺一人でも何とかなる……!」
落合は護身用に携帯しているナイフを腰の鞘から貫きながら、冬那に言った。魔法を使える落合には一応戦う力がある。種なしの冬那には全くない。しかし冬那は落合の言葉を無視して走り出す。
「馬鹿野郎! どこに行く気だ!? クソッ!」
落合の声が遠くなっていく。落合は慌てて冬那を追いかけようとするが、オークが接近してきたのでそれどころではなくなる。
もちろん、冬那にもオークは近づいてきていた。そして、冬那が行って何ができるわけでもない。それでも、関係ない。冬那の目には、ついに魔力が尽きて地上に落下するシンの姿が映っていた。
○
「地の指輪よ! 力を貸せ!」
落下しながらもシンは冷静だった。重力軽減でダメージを受けることなく着地し、すぐさま剣を用意する。
「地の力に火の支配! 鉄よ! 俺に剣を!」
シンは狭い路地に待避して殺到してくるオークを一匹ずつ捌きつつ、空を見上げる。山北が投入したゴーレムは全滅させた。シン側の切り札はもう一枚残っている。温存できる状況でもない。麻衣と一緒に風の魔王になって、山北を薙ぎ倒してやる。
「シンちゃん! 今行くで!」
麻衣は一直線にシンのところに降下しようとするが、そうは問屋が卸さない。状況を把握した山北が命令を下す。
「矢を使い切ってもいい! 絶対に合流させるな!」
オークの弓手たちは残ったわずかな矢を躊躇なく麻衣に向かって放ち、降下を妨害する。地上には数少ないオークの呪術師たちも待機して、麻衣を待ち構える。麻衣がハエに分裂して降りようとすれば、炎の呪文で焼き殺す算段なのだろう。
ならば、逃げに徹してやる。山北から離れてから麻衣と合流すればいい。シンは氷の呪文を発動して壁を作り、呼び出したユニコーンに飛び乗って遁走する。
計算違いはただ一つ。山北がそれを見越して騎馬隊を回り込ませていたことだけである。しかも、軽装で機動力に富む弓騎兵だ。
オークの弓騎兵は愛馬を疾走させながら、シンに向かって矢を放とうと弓を引き絞る。これはいけない。迷うことなくシンは全力で魔法を放つ。
「火の力に地の支配! 雷よ、焼き尽くせ!」
雷撃は広範を撃ち、シンを貫かんとしていた矢は焼き尽くされる。ダメージを受けたオークたちも次々と落馬し、後続のオークも前のオークに躓いて馬上から放り出されていった。周囲の家屋は発火し、地獄のような惨状となる。
なんとか凌いだが、代償は大きい。雷はまたもシンの体を焼いた。全ての力を稲妻に集中したため、維持しきれなくなったユニコーンが消え、シンは勢いよく地面を転がる。
火傷と打撲の痛みをこらえ、どうにか起き上がるが、もう一度ユニコーンを呼び出すだけの力が出ない。アスモデウスとして力を使い切り、自分の魔法も後先考えず乱発した。限界なのだ。ユニコーンと同様に、剣も出てこない。
「神代、終わりか?」
「ガハッ……!」
山北は仲間に周囲を囲わせてからシンに近づき、みぞおちを思い切り蹴飛ばす。灰から強制的に息が吐き出され、たまらずシンは仰向けに倒れる。シンの手からいくつかの指輪がはずれ、周囲に散らばった。
「さぁ、終わりだ……!」
山北は自慢の〈童子切安綱〉を振りかぶる。万事休すかと思われたとき、どこからか走ってきた冬那はシンと山北の間に割って入った。
「ダメ!」
冬那は両手を広げ、シンを守るように山北の前に立ちはだかる。冬那の乱入に、山北は目に見えて動揺する。
「く、黒海! おまえは転生していなかったはずじゃ……! いや、そんなことはどうでもいい! そこをどけ! 俺は神代を殺す!」
「いいえ、どきません! シン先輩を殺すっていうなら……私は山北君が相手でも許さない!」




