14 混戦
おそらく山北がミカエルにもらったのであろうゴーレムは、巨大な拳を地面に叩きつけた。アスモデウスはひらりと身をかわす。地面にひびが入り、土埃が舞い上がった。天使が作ったゴーレムだけあって、なかなか強力だ。アスモデウスが自身で普通に戦うなら、『命の剣』による重力制御を使う以外に勝ち目はあるまい。
「だったら使い魔だ……! 『金の蠍』!」
アスモデウスの身を守る金色の鎧が弾けるようにはずれ、空中で組み直される。一匹の蠍と化した鎧はみるみるうちに巨大化し、ゴーレム以上の大きさとなった。『金の蠍』ははさみでゴーレムを押さえつけ、長い尾を振り回して硬い体を砕いていく。
「一体じゃ相手にならないか。さすが魔王アスモデウス……! だったらこれでどうだ?」
山北はさらに三体のゴーレムを呼び出した。それを皮切りに、他の場所でも次々とゴーレムが出現し始める。山北が複数ゴーレムを出すのが合図になっていたようだ。
町のあちこちに出現したゴーレムは、こちらを目指して建物を踏みつぶしながら進撃してくる。同時に槍オークは突撃を敢行し、弓オークは狂ったように矢を放ち続ける。指揮をとる山北はオークの群れに紛れ、アスモデウスの目から逃れた。アスモデウスは一人で有機的に連携するオークたちを迎撃することになる。
「さすがにきついね……!」
アスモデウスはまず、球状に展開していた『金の盾』を解いた。ゴーレムに踏みつぶされたら耐えられない可能性が高いからである。自分の体は地中に隠し、『命の剣』を発動しながら麻衣には逃げるように伝える。
「『命の剣』! さぁ、今のうちに逃げて!」
「しゃーないな!」
アスモデウスの周囲で近づいてきたオークたちはバタバタと倒れ、アスモデウスの右手に金色の剣が出現する。オークの命を吸い取り、重力を操る剣を錬成したのだ。近くにミカエルがいるかもしれないので、魔力は温存したいところだが、使わなければやられる。
オークたちの間に混乱が生じている今のタイミングで、麻衣は悪魔としての翼を広げて空中に待避する。そのまま戦うこともできなくはないが、この数を相手にしていればあっという間に魔力が尽きてしまうだろう。麻衣の安全は最優先である。とりあえず矢が届かない高空で待機してもらう他ない。
「地の使い魔たちよ! 力を貸せ!」
アスモデウスは植物の種を蒔いた。種はすぐに成長して立派な角を持った雄ヤギとなり、オークの群れに突撃していく。数十匹の雄ヤギの突撃は圧巻の光景だが、それでもオークたちの方がかなり多いので、押し返すまでには至らない。
ゴーレムの方は十数体。三体くらいまでなら『金の蠍』で同時に相手できるが、それ以上の数は無理だ。アスモデウスはオークの魂を奪って作り出した重力球を集まりつつあるゴーレムにぶつけて粉砕していく。
全ての魔力を解き放てばオークもゴーレムも一瞬で全滅させられるが、未だ城門に溜まっている一般市民まで巻き添えだ。かといってこの消耗戦を続けていれば、全てが必殺技級であるが故に燃費の悪いアスモデウスは遠からず魔力を切らしてしまうだろう。山北は魔王対策まで組み上げた上で攻めてきているのだった。
市民の避難が完了して軍が出てきてくれれば……。アスモデウスは城門の方を見るが、渋滞が動く気配はない。このままでは本当に保たない。内心でアスモデウスは冷や汗を垂らしつつ、冷静にオークとゴーレムを捌いていく。
○
「このままでは、まずいですわね……!」
城門近くの民家に逃げ込んでから数十分、羽流乃がつぶやく。適度に城門から離れているためオークの脅威も民衆の波に巻き込まれる危険性もない安全地帯で一息ついて、この一言だ。冬那は羽流乃の小さな声を聞き逃さなかった。
「見た感じ、勝ってるんじゃないかと思いますけど……?」
冬那は大きな不安を感じながらも羽流乃に訊いてみる。ゴーレムが出てきたときは驚いたが、葵の姿をした魔王は簡単に潰して見せている。そのうち全滅させられるのではないか。冬那の甘い目論見に対し、羽流乃は首を振った。
「長引きすぎですわ……! 陛下の魔力が、そろそろ尽きます」
これだけ戦っているのに敵の数がほとんど減っていない。答えは簡単だ。前線の砦を突破した敵軍の増援が続々と送り込まれているのである。おおかた、向こうにもゴーレムが投入されたのだろう。大砲のない小規模な城砦ではひとたまりもない。
通常なら、市民を見捨てて城門を閉じてしまい、スコルピオは籠城態勢に入るのだろう。しかし外で女王と皇帝が自ら戦っているのでそういうわけにもいかない。中途半端、だからこそ危険かついかんともしがたい状態は続いてしまう。
「麻衣ちゃん先輩もいるじゃないですか……!」
「そこが天使の狙いでしょう。両陛下が力尽きた後に自ら出てきて、お三方を始末する。こざかしいことですわ。せめて軍が出られれば変わりますのに……!」
市民の城壁内への収容が一段落しない限り、軍の出撃は不可能だ。大砲だって撃てない。シンと葵は孤立無援のまま戦い抜く他ない。
唯一、事態を打破するとすれば手段はたった一つ。葵が自らの手で城門付近の市民を吹き飛ばせばいい。今まで手をこまねいて見ているだけだった城壁内の軍が、市民を踏み潰して進軍することを決断するだろう。
羽流乃の話を聞いて冬那は顔面蒼白となる。
「ダメですよ、そんなこと……!」
「それしか手はありません。陛下がご聖断を下せば、勝利は間違いないのですが……!」
だが、葵はそんな外道な手は取らなかった。城門がだめなら他に軍が通れる道を作ればいい。葵にはそれができる。
アスモデウスは重力球を城門から少し離れた城壁に向かって放つ。近くにオークがおらず、民衆を巻き込むこともない絶妙な位置。すなわち、冬那たちが身を隠している民家のすぐ後ろである。冬那たちは慌てて民家から飛び出て、落ちてくる瓦礫を避けた。




