13 力と力
オークと化した山北は体格も大きくなっており、二メートル以上あって筋骨隆々だ。手にしている反りの強い刀も一メートル近くあるはずだが、小枝のように見える。厳しい戦いになりそうだ。
「オラァッ!」
先手必勝、シンは剣を振りかぶって山北に斬りかかる。リーチでは敵わないが、山北の日本刀は華奢で細身だ。魔王の魔力が込められたシンの分厚い西洋剣なら叩き折ることが可能だろう。勢いで押し切ってやる。
「相変わらずおまえは馬鹿だな。俺が持っているのも魔剣だとは思わなかったのか?」
「なっ!?」
山北は刀でシンの剣を受けた。刀は微動だにしない。岩でも叩いたかのように腕が痺れ、シンは剣を取り落としそうになる。
「〈童子切安綱〉は俺の最高傑作だ……! おまえごときにどうもできるかよ!」
山北の刀はオークの魔力を用いて自分で打ったものらしい。酒呑童子の首をはねたとされる名刀の名を冠するとは、相当の自信作なのだろう。武器を破壊することは無理そうだ。
「地の指輪よ! 力を貸せ!」
シンはスピードで攪乱する作戦に切り替える。バックステップで一旦距離をとってから側面に回り込み、斬撃。山北は難なく刀で払うが、サッとシンも引く。ヒットアンドアウェイで圧力を掛け、山北がミスした瞬間に必殺の一撃をぶち込んでやる。
必死の攻勢に出るシンを、山北は嘲笑う。
「わかってねぇな。素人が鉄の棒切れ振り回しても、ちっとも怖くないんだよ。刀っているのは、こうやって使うんだ!」
山北はシンが退くタイミングを計って、追撃の突きをねじ込む。シンは喉元を狙った一撃を剣で払うも刀は流れるように胴打ちに変化。シンはとっさに後ろに飛び退いて致命傷を避けるが、さらに山北は踏み込んでくる。反射的にシンは魔法を発動した。
「火の力に地の支配! 雷よ、焼き尽くせ!」
指輪から閃光がほとばしり、周囲を焼く。剣の勝負所ではなくなり、両者は同時に距離をとった。雷撃はシンの体さえも焦がし、二人とも体から真っ白な煙を上げながら対峙する。山北は余裕の笑みを見せた。
「やれやれ、剣で勝負って言ったんだがな……」
おそらく、剣道の技だ。重たい真剣で竹刀、木刀の技なんてそうそう使えるものではないはずなのに、オークの筋力で山北は楽々真剣を操っている。
「受けるって言った覚えはないぜ……!」
完全に負け惜しみである。なりふりかまっていられない。剣の勝負にこだわっていれば、シンは死んでいた。
「だったら俺がこうしても、文句はないよな? ……やれ!」
山北の命令に従ってオークの弓手たちは前に出て、シンたちを射殺そうと弓を引く。シンが一人で戦ったら勝てない。即座にシンは魔王の力を使うことを決断する。
「葵、力を貸してくれ!」
「もちろん!」
シンの言葉に応じ葵は地の指輪を左手にはめる。葵はシンの左手を握り、そっとシンの唇に口付けた。
「世界を作るは地の力! 背負いし罪は命を育む色欲! 甦れ、魔王アスモデウス!」
二人が叫ぶと同時にシンの体は光に包まれ、魔王アスモデウスに変化する。黄色いマントが風に流れ、黒衣の上から身に着けた金の鎧が輝いた。オークたちは矢を放つ。
「『金の盾』!」
『金の盾』は地面からせり出して全周囲を覆う。魔王の力で強化された金属はオークの矢など寄せ付けない。山北でも破壊することは不可能だろう。矢が途切れるのを待ってアスモデウスは球状シェルターと化した『金の盾』の一部に隙間を作り、悠然と出てくる。
「君はしばらくその中にいてよ。僕の体よろしく」
「しゃーないな」
アスモデウスは麻衣にそう言い付けてオークたちの前に出る。ミカエルら天使が出てくるなら逃げ場がなくて逆に危険だが、オークだけならこれで充分だ。
今度は槍を持ったオークたちが突っ込んでくるが、アスモデウスの相手にはならない。『鉄の槍』としてマスケット銃を十数丁呼び出して、一斉射撃。さらに連射。オークたちはバタバタと倒れる。
元々、スコルピオ周辺の魔族たちは人間の鉄砲に押されて山岳地帯に追い込まれていたのだ。いくら強靱な肉体を持っていようと、魔王が使う火砲に敵うわけがない。山北だって、簡単に潰せる。
山北は魔王アスモデウスを目にしても全く動じない。
「じゃあこっちも切り札を使わせてもらうぜ」
山北は水晶の玉を取り出し、地面に叩きつける。体長十数メートルのゴーレムが姿を現した。アスモデウスはニヤリと笑う。
「そんな玩具じゃ、僕に勝てないってすぐわからせてあげるよ!」




