11 襲撃
「シンちゃんは羽流乃ちゃんのことはどう思ってるんや?」
「ん? もちろん好きに決まってるだろ?」
麻衣の質問に、アルコール漬けの頭でシンは即答する。麻衣は続けて訊いた。
「記憶がないのにか?」
「羽流乃は羽流乃だろ。そんなの関係ない。俺は羽流乃も愛してる!」
「ちょっと! 何を言っているのですか!?」
シンたちの後ろで羽流乃は目を白黒させる。シンは全く悪びれることなく羽流乃を手招きして呼んだ。
「羽流乃も来いよ」
「ふざけないでくださいまし! どうして私が不埒な集まりに参加しなくてはならないのですか!」
羽流乃は怒るが、葵がニヤニヤしながら言う。
「本当は君も仲間に入れてほしいんじゃないの?」
「女王陛下、お戯れが過ぎますわ! 皇帝に成り上がったとはいえ、その男が種なしに過ぎないことに変わりはありませんわ!」
○
「う~ん、地獄絵図だね」
「リア充爆発しろ……」
西村はあきれ顔を浮かべ、落合は嘆息する。シンが三人を囲った挙げ句に羽流乃にまで手を出すとは。もう無茶苦茶である。酒が入らないとやっていられない。落合は日本酒を追加注文した。
「しかし、元々こういうやつだったんじゃないか? 前世でも頭のねじは二、三本ふっ飛んでいた」
三兄弟で唯一酒を飲んでいない井川は冷静だ。落合も同意する。
「そうだな。よくも悪くも常識スレスレまでやりたいようにやるのは昔からだ。真面目……と見せかけて実は融通が利かないだけなのもな。こっちの世界で完全にたががはずれちまったな」
シンは自分のことを何とも思っていない節がある。この世界で魔力を得られなかったのはそれが原因だろう。ただ逆に、だからこそ他人にこだわるのだ。それでいて自分の性欲を悪だと思っているのか、友達以上恋人未満から足を踏み出そうとしない。
結果、シンは現世において複数と関係を持つ寸前まで行くというハーレムを形成してしまった。重婚が一応は認められるこの世界で結婚して落ち着いたかと思っていたが、全くそうではなかったようだ。
「いつか刺されそうだね……」
「いや、ちょん切られるんじゃないのか?」
西村はつぶやき、井川は恐ろしいことを言い出す。西村は前世でそんな事件もあったなあ、と少し懐かしい気分になる。もう何年も前に見たニュースな気がする。
落合はまだくっついてキャアキャアやっているシンたちを横目で見ながら、井川に言った。
「いくらなんでも目に毒だな……。井川、やってくれ」
「仕方ないな……」
井川は水魔法を使ってシンたちの酔いを覚ましてやった。
○
「……あれ? 俺はいったい何を……うおっ、冬那! 葵も麻衣も、何やってんだ!」
気付けば、シンは冬那を膝に座らせ、左右から葵と麻衣に抱きつかれているというとんでもない状態だった。麻衣はこともなげに答える。
「何って、ナニやろ?」
「そのネタはもういいんだよ!」
シンは絶叫するが、葵まで無理を言い出す。
「え? 今からそういう流れじゃないの?」
「せせせ先輩、私も覚悟はできてますから……!」
冬那、おまえまで何を言ってるんだ……。今までの記憶が全くない。おかしいなあ。
「え~っと、羽流乃、俺ら何の話をしてたんだっけ?」
「し、知りませんわ! 陛下、お戯れもいい加減にしてください!」
羽流乃は火が出そうなくらいに顔を紅潮させて怒鳴った。
シンから離れようとしない三人をどうにか引き剥がしてさぁ、帰ろうか、というところで、異変は起きる。周囲にカーン! カーン! とせわしなく鐘を鳴らす音が響き始めたのだ。
「なんだ、この音……?」
シンは首を傾げるが、葵は顔色を変える。
「敵襲の早鐘だよ! 早く逃げよう!」
見れば、周囲の人たちは城門に向かって避難を始めていた。城門の方は大渋滞になっている。麻衣がハエを飛ばして周囲を確認した。
「オーク、やな……。結構数多いで。しかも、近い……!」
「あれか!」
ほどなくしてシンはオークたちの姿を視認する。イノシシのような潰れた鼻と牙を持った人型の集団が、武器を持って通りを走っている。今から逃げることは無理そうだし、皇帝として逃げるわけにはいかない。シンは戦う覚悟を決めた。




