6 異世界声優業?
「あ、ああ、勇者様! どうして、い、行ってしまうのですか! 数万の軍勢が、あなたを待ち受けているというのに!」
「カット! 黒海、お疲れ! さっそく聞いてみよう!」
そう言って西村はレコード盤を再生用のものに移して針を落とす。音質は悪いながらも自分の声が再生されて、冬那は恥ずかしく感じる。三兄弟が作ったまともな彫刻が並ぶこじゃれた喫茶店のような雰囲気のアトリエに、雑音混じりの冬那の声が響いた。
二次元三兄弟が出していた求人は、声優募集のお知らせだった。この世界にラジオを普及させた二次元三兄弟だったが、やっている番組はニュース系ばかり。本来は二次元産業を立ち上げる足掛かりだったのに、三人にはまずコンテンツを作る力がなかった。
現代技術の知識と魔法を駆使してどうにかレコード盤を作り上げ、ラジオドラマを作ろうと思い立ったもののまず声優がいない。王都にいくつかある劇場で団員を貸してくれないかと頼んでみたが、全く理解を得られず断られてしまった。
そこで三兄弟はダメ元で声優の募集をしつつ、レコード盤の改良にいそしんでいるのだった。
「現状、すぐへたれちまうレコード盤を作るのがやっとだ……。量産できないから、普及も難しい……。こっちを先になんとかすべきかもしれない……。それに、本格的に番組スポンサーも探さないと……。採算の取り方を理解してくれないから、劇団も人を出してくれないわけだからな……」
落合は悩ましげにうなる。冬那の下手っぴな朗読が流れ続けているが、上の空だ。朝夕のニュースだけなら三兄弟のボランティア労働でどうとでもなるが、ラジオドラマとなるとそうはいかない。
声優はもちろん、音楽や効果音も考えなければならないし、脚本もどうするか。何よりレコード盤を作るのにお金が掛かるので、資金が必要だ。ディレクター兼プロデューサーのような立場にあって全体を統括する落合は、やることが多すぎてパンク寸前らしい。
やがて冬那の一人朗読劇は終わる。西村も井川も、表情は冴えない。
「わかってたけど、厳しそうだね……」
「素人だからこんなものだろう」
「力になれなくて、すみません……」
自分なんかができるわけがなかったのだろう。冬那は恥ずかしさのあまり消えてなくなりたい気分になるが、西村と井川はあまり気にしていないようだ。
「でも、僕らが自分でやるよりは全然よかったと思う」
「だな……。声優はともかく、ニュースキャスターはお願いしてもいいんじゃないか?」
井川は落合に目を向ける。落合は少し考えてから言った。
「しかし……給料はほとんど出せないぞ? 元々俺たちがただ働きしてた仕事だし……」
「べ、別に構わないですよ! 食べるものと寝るところさえあれば!」
魔法が使えない冬那には他にやれそうな仕事などない。落合は了承してくれた。
「そういうことなら、このアトリエで寝泊まりしてくれればいい。俺たちは別に家があるからな。台所とか浴室とか、設備は一通り揃ってる。声の仕事以外に店番もやってもらうって条件で、食費になるくらいの給料は出させてもらおう。俺たちがニュース読み上げるの、不評だったんだ。さっそく今日の夕方から頼めるか?」
「了解です!」
どうにか、自力で就職先を見つけることができた。これでシンたちを心配させなくて済みそうだ。
○
冬那がこちらに来てから数日が過ぎた。冬那が二次元三兄弟のアトリエに就職したことはシンも聞いている。朝、シンは食堂でそわそわとラジオのスイッチを入れた。
『……こちらは異世界放送局マジカクインテット。本日のニュースをお知らせします。南の辺境に昨日夜、オークが侵入しましたが、守備隊の活躍により……』
何度目かの放送で、冬那のニュース番組も、大分様になってきていた。クビになる心配は、もうしなくていいだろう。
「しかし大丈夫なんだろうな……。給料は安いって言ってたし……」
「大丈夫でしょ。住み込みで家賃ゼロなんだから」
朝食を食べながらブツブツつぶやくシンに、葵は言った。娘を持つ父親のように、シンの不安は尽きない。
「いや、でも男三人のところだぞ? いや、あいつらが冬那に何かするとは思ってないけど、それでもなぁ」
「……三人とも、『黒海に何かあったら神代に殺される』ってビビりまくってたから大丈夫だと思うよ?」
葵はため息をついた。ちなみに麻衣は冬那の就職を確認した後、シルフィードに帰国している。シンが悶々としている間にも番組はどんどん進行していく。
『明日は南の辺境で頻発する魔族の侵入事件について、現地から特別リポートをお送り致します……』
ちょっと待て。どうしていきなり戦場突撃レポートが始まるのだ。




