5 行き先
結局、冬那に声を掛ける者は現れず、広場に一人取り残されてしまった。人気がなくなったのを見計らってから、シンたちは冬那のところに駆け寄る。
「ごめんなさい、先輩……。私じゃだめだったみたいです」
冬那は開口一番シンに謝ってうなだれる。
「冬那が種なしって、多分何かの間違いだよな……? どうにか行き先を見つけないと……」
冬那に最初の自分のような苦労はさせたくない。シンがおたおたしていると、麻衣が頭をポリポリ掻いて前に出る。
「あ~冬那ちゃん、魔法は使えるか?」
「え? どういうことですか?」
突然の質問に冬那はキョトンとする。麻衣は手の中でつむじ風を起こして見せた。
「こんな感じや。この世界に転生したら、できるようになるはずなんや」
「う~ん、全然やり方がわからないです……」
困惑顔を浮かべる冬那に、次は羽流乃が言った。
「この石を握ってみなさい」
いつぞやにシンも握らされた、魔力に反応する石だ。羽流乃の言うとおり、冬那は石を握る。石はウンともスンとも言わなかった。
「確定、だね……。これだけ魂が弱いなら、転生できずに消滅するはずなんだけどなぁ」
葵は嘆息する。シンは主張した。
「これじゃあ行き場なんか見つからねーよ! 冬那は連れて帰る! いいだろ?」
これに対し、羽流乃が目を三角にして怒る。
「いいわけないでしょう! 種なしなどを王宮に入れるわけにはいきません!」
「俺だって種なしじゃないか!」
「シン君は特別なんです!」
シンと羽流乃は言い合いになってしまうが、麻衣は仲裁する。
「二人とも落ち着こうや。種なし云々はともかくとして、いきなり冬那ちゃんを迎えるわけにはいかんって、シンちゃんもわかってるやろ? 魔法を使えんから侍女として雇うわけにもいかんしな……」
「うん、まあ、それはわかる……」
他の転生者は、シンたちのクラスメイトも含めて、どこかで働いているのだ。権力にモノを言わせて冬那を王宮に連れ帰ったら、不公平だという話になってしまう。特別扱いするなら、特別でなくてはならない。シンが魔王の指輪を扱えたように。
「せやから準備が必要や。滅亡して国自体なくなってるウンディーネ王国の王族ということにでもして、受け入れるように段取りするわ」
麻衣の言葉に、冬那は浮かない顔で首を振った。
「そんな……。先輩たちに迷惑を掛けるわけにはいきません。一人でやらせてください!」
シンは冬那を一人にしてはおけないとぐずったが、本人の意志が固く、結局麻衣が使い魔をつけておくということで決着した。
「しばらくこっちにおったるわ。レオンには言うておいたから問題ない。シンちゃんが何するかわからんからな」
「……僕が見てるから大丈夫だよ」
葵はそう言ったが、麻衣は全く信用しない。
「あんたは冬那ちゃんに何するかわからへんやないか」
「始末してもいいっていうなら、そうするけど?」
「ご用命とあらば、私が」
葵の冗談を真に受けて、クソ真面目な顔で羽流乃は腰の刀に手を掛ける。
「いや、絶対許さないからな!?」
なんだかんだと言い合いながら、四人は冬那を見送った。
○
「迷惑は掛けられない」と勇んで四人と別れた冬那だったが、行く当てなど全くなかった。ポケットには麻衣が作ってくれた小さなブタちゃんが入っていて、助けを求めればすぐに来てくれるという話だったが、できれば使いたくない。
「なんだか、思ってたのと違いますね……」
思わず冬那はつぶやいた。こちらに来れば、またシンたちと楽しい日々を送れると思っていたのに。体は自由になったが、相変わらず冬那はハンディを背負っていた。
冬那は働き口を求めて町を回ってみたが、魔法を使えないということで全く相手にされなかった。元同級生のところにも行ってみたが「魔法を使えないなら無理、シンに頼ればいいではないか」と怪訝な顔をされるばかりである。
唯一、冬那を相手にしてくれたのは二次元三兄弟だった。冬那には読めないが、三人は工房の前に求人の広告を出していたらしい。二次元三兄弟は、やってきた冬那を歓待してくれた。
「いや~、求人出しても誰も来ないから困ってたんだよね~」
そう言いながら西村は紅茶を出してくれる。冬那は戸惑いながら言った。
「でも私、魔法が使えないんですよ……?」
「安心してくれ。そんなことは関係ない!」
西村の後ろで腕組みして立っている落合は断言する。いったいなんの仕事なのだ。冬那は不安になる。
「さぁ、これを……!」
裏から出てきた井川は、十数枚の紙を綴り紐で纏めた即席の本を冬那に渡す。
「な、なんですか、これ……? 私、こっちの言葉は読めませんよ……?」
「安心してくれ! 魔法で転写する前のものだ! 日本語で書いてある! 黒海の魂のパッションを、思い切りシャウトしてくれ!」
井川は長い髪を振り乱して熱弁する。表紙を見れば『転生勇者物語(仮) 台本』と書かれていた。




