3 新転生者
「ロビンソンの言うとおり、これからは真面目に子作りせなアカンで。わかったな、シンちゃん」
転生の祭壇に向かう魔法のじゅうたんの上で、麻衣はポンポンとシンの肩を叩く。シンはぎこちない笑みを浮かべる。
「い、いや~、しばらくこっちでいるっていう選択肢もあるし」
シンはお茶を濁す。同乗している羽流乃は微動だにしない。一応、真面目な話だと思っているらしい。麻衣は軽口を叩き続ける。
「ここでチキン発動はアカンで~! 男ならビシッと決めんと! なあ、葵!」
「え、ああ、そうだね」
葵は麻衣に話を振られるが、いつもの調子が出ない。顔を赤らめてサッとうつむいてしまう。麻衣はあきれ顔を浮かべた。
「なんや、葵までチキン発動か。なんやかんやでよ~似とるわ」
麻衣もうつむいてブツブツとつぶやく。
「まだシンちゃんの心はモノにできてないってことやな……。絶対負けへん。やったるでぇ~!」
そうこうしているうちに魔法のじゅうたんは転生の祭壇がある平原に差し掛かる。下を見下ろすと、数十人の男女が石造りの建物から出てきて、不安げに周囲を見回していた。
「あれが新しい転生者かあ」
事前情報のとおり、白人系が大半という普通の転生者たちだ。ちょくちょく黒人系やアジア系も混じっているが、記憶引き継ぎ者はいないだろう。単に通常時において転生の祭壇とつながっているヨーロッパから来たというだけだ。
「……シン君、あれを!」
いつぞやと同じように、上空をふらふら飛んでいた一匹のドラゴンが転生者たちに向かって降下していく。ドラゴンにしては小型だ。多分、シンが指輪でドラゴンを呼び出しても言うことを聞いてくれない。シンが直接行くしかあるまい。
「地の指輪、力を貸せ!」
迷わずシンは飛び降りる。転生したばかりの人たちを救うために。
○
気付けば、石畳の薄暗い部屋にいた。四隅で篝火が焚かれた、窓のない部屋。空気がじめっとしている。多分地下室だ。冬那はよろよろと身を起こす。なぜか冬那は学校の制服姿になっていた。
「ここは、どこだ……?」
「私は、あれ? どうしてこんなところに……?」
この場所にいるのは冬那だけではなかった。外国人らしい数十人の人々は、次々と目を覚ます。
「お、俺の名前はマシュー。生まれは……だめだ、思い出せない!」
「私はマリー……。だめ、それだけしか思い出せない……!」
「出してよ、ここから!」
「ガッデム! 俺たちはどうなってしまうんだ!?」
どう見ても日本人ではない者ばかりだが、不思議と言葉はわかった。ここにいる人たちは冬那以外、前世の記憶がないらしい。目覚めた人たちは、軽いパニックを起こす。冬那もどうすればいいのかわからず立ち尽くした。この狭い地下室でいつ暴動が起きてもおかしくはない雰囲気だ。
「あんた、こんなところでボォッとしてると死ぬよ!」
ぼんやりしていると一人の女性に手を引かれた。隅の方に連れて行かれた後、冬那は尋ねる。
「えっと、あなたは……?」
「私はジャネット……。ダメ、やっぱり他は何もわからない……。あなたは?」
ちり毛の白人系少女──ジャネットに訊かれ、どうにか冬那は自分の名前を口にする。
「私は黒海冬那です……」
「冬那ね……。記憶はあるの?」
「え、ええ……」
「じゃあ、私たちがどうしてこんなところにいるか、わかる!?」
「え、えっと、一度死んで転生したんじゃないでしょうか……?」
「て、転生……?」
ジャネットは言葉を失うが、ここで少し遠くから声が上がった。
「おい! 出口があるぞ!」
見れば、篝火から離れたわかりづらいところに地上へ続くと思われる階段があった。転生者たちは、階段に殺到する。
地上に出ると、どこかの牧場のような平原がどこまでも広がっていた。景色の美しさに、思わず冬那は足を止める。
「この世界のどこかに、先輩たちが……」
そう思ったのも束の間、また冬那はジャネットに手を引っ張られる。
「逃げるよ!」
空を見上げると、一匹のドラゴンがこちらに向かって急降下してきていた。でも、冬那は全く恐怖を感じなかった。なぜなら、ドラゴンを追ってマントをはためかせたシンが空から落ちてくるのを目撃していたからである。




