1 夢
「ほら、シンちゃん、こっちやで!」
薄いワンピース姿の麻衣が、砂浜で手を振る。慌ててシンは走る。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
「いいや、待たへんで!」
麻衣は波打ち際を裸足で駆ける。水しぶきが太陽の光を反射して、キラキラと光った。青春ドラマのような一幕だ。シンは麻衣を捕まえようと追いかけ、ようやく捕まえる。
「よし、逃がさないぞ!」
「キャッ!」
「ご、ごめん、麻衣!」
シンは勢い余って砂浜に麻衣を押し倒してしまう。驚いてシンは麻衣の上からどこうとする。しかし麻衣はシンの背中に手を回した。
「ええんやで、シンちゃん」
そっと麻衣はシンの唇にキスをする。突然のことに、シンは顔を真っ赤にしてうろたえた。
「え、おい……!」
「そんな顔せんでもええやないか。ウチはシンちゃんのお嫁さんなんやで……?」
麻衣は微笑み、シンの上着に手を掛ける。見れば、打ち寄せる海水で濡れて、薄いワンピースは透けてしまっていた。控えめな胸の膨らみに薄い生地は張り付いてしまい、はっきりとその形を伝えてしまっている。
「愛してるで、シンちゃん」
「麻衣、俺もだ……!」
シンは自分から麻衣に口づけ、麻衣の服を脱がそうとする。しかし、はたと気付いた。
(あれ……? 俺ってアストレアに戻ってたよな……? どうしてグレート=ゾディアックの海岸にいるんだ?)
そうだ、そのはずだ。シンは会議で先日グレート=ゾディアックを訪れた。麻衣は二、三日泊まっていけと言っていたが、シンは固辞した。ここのところ南のマグヌス火山帯から魔族の侵入が相次いでおり、そちらが心配だったのである。
シンは急いで帰ったが、幸い魔族が攻めてきたという報告はなかった。旅の疲れからシンは早々に就寝することにして、ベッドに潜り込んだ。そこから記憶がないので、多分シンは眠ってしまったはずである。
「ということは、俺は夢を見ているのか?」
麻衣の胸に手を掛けながらシンはつぶやく。麻衣の胸をシンは試しに揉んでみる。「アンッ!」と麻衣が嬌声を上げる。夢だとは思えないくらいに柔らかくて気持ちいい。どういうことだろう?
「あちゃー、バレてもうたか」
シンの下で麻衣はぺろりと舌を出した。同時にシンは急速に覚醒し、そして……
「なんじゃこりゃあああああああ!」
アストレアの王宮、葵の寝室。いつものように葵と並んで眠っていたはずが、麻衣にも抱きつかれていた。
「おはよう、シンちゃん。目ぇ覚めたか?」
麻衣はシンの耳元でささやき、葵も目を擦りながら体を起こす。
「うるさいなぁ、シン、どうしたんだよ? いつもならまだ寝てる時間だろう? ……って麻衣、どうして君がいるのさ!?」
さすがの葵も麻衣の顔を見て驚愕する。麻衣はドヤ顔で左手にはめている風の指輪を見せた。
「広間にいくつか大きい鏡が置いてあるやろ? 指輪をつけて鏡に入ったら、こっちの王宮に出られるんや。ウチが発見したんやで? すごいやろ!」
大昔の魔王たちは自分たちにしか使えないショートカットルートを構築していたのだった。そこから先は余裕である。麻衣は自分の体をハエに変えてドアの隙間から寝室に侵入し、シンの隣に潜り込んだというわけだ。
「そ、それはすごいな……。ところで、夢に麻衣が出てきたんだけど……」
シンは素直に賞賛するが、ここで夢のことも追求する。まさか、これも麻衣の仕込みなのだろうか。麻衣はない胸を張って答えた。
「シンちゃん、楽しんでくれたか?」
「やっぱりおまえの仕業かよ……」
シンは額に手を当てて嘆息する。
「どうも心を許してる相手にはハエちゃんを使わずとも見たい夢を見せられるみたいやな。一緒に同じ夢を見ることもできると。実験成功や!」
麻衣は無邪気にはしゃぐ。勝手に人を実験台にしないでほしいのだが。
「まあええやないか。シンちゃんも存分に楽しめたんやし。ウチもちょっと気持ちよかったで! 最後までいけんで残念やったな」
「シン、いったい夢の中で麻衣と何をやってたのかな?」
葵が眉をひくつかせる。麻衣はニコニコしながら言った。
「何って、ナニやろ?」
「シン、僕とも同じことをするんだ! 今すぐに!」
「シンちゃん、ウチも現実で同じようにしてほしいんやで!」
「いや、おい、勘弁してくれよ!」
シンは慌ててベッドから逃げ、葵と麻衣は追いかけてくる。いったい朝からどうなっているのだ。シンは頭を抱えながら走った。




