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転生魔王のワールド・リバースド ~ハーレム魔王が地獄に墜ちてハーレム魔王になる話~  作者: ニート鳥
第3章 私はハーレム潰します/私もハーレム入りたいです!
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0 ある雨の帰り路

 それは、気まぐれな天気が続く五月のことだった。放課後、何の部活にも所属していない俺は三々五々グラウンドに散ってゆく運動部の生徒たちを尻目に一滴の汗も流すことなく、家にまっすぐ帰ることになる。


 この日は掃除当番が当たっていて帰るのが少し遅れたため、運動部の活動に鉢合わせした。グラウンドには野球部やサッカー部の賑やかな声が響いていた。よくわからないが、青春してる。少しだけうらやましい。実際にやるのは無茶苦茶にしんどいだろうからごめんだけど。


 全然運動ができない陰キャラってわけじゃない。一応、小学校の頃は近くの道場で剣道をやっており、同年代の中ではそこそこだった。しかし親に言われて嫌々だったし、うちの中学には剣道部がない。中学校まで剣道を続けることはせず、他の運動部にも興味が湧かず、俺は無所属を選択した。


 情熱がないのだ。何かにひたむきに打ち込もうという情熱が。そんな風に悶々と歩いていたら、フィクションであれば突然何かの才能に目覚めたり、空から美少女が振ってきたりするものだけど、現実でそんな都合のいいことは起きない。平々凡々な俺は悶々としっ放しだ。


 そんな俺の心を読み取ったのか、空には急速に雲が広がってゆく。俺は嘆息しながら暗くなった空を見上げる。冷たい雨粒が、頬を打った。


 結構本降りだ。家まではもう少し距離があるし、このクソ田舎にはコンビニなんて気の利いたものはほとんどない。予報では明日から雨だったはずなのに、迷惑なことだ。


「濡れて帰るしかないか……」


 走って帰る気力もなくて、俺はとぼとぼと歩き始める。そのとき、後ろから騒がしい集団が俺を追い越した。


「ほらシン君、私の傘に入ってくださいまし! 風邪を引いてしまいますわ!」


 艶やかな金髪を靡かせた美しい彼女は、脇を歩く俺に一瞥もくれずにまっすぐ正面だけを見て、前を行く男のところに走って行ってしまった。一応同じ剣道場に通っていた幼なじみのはずなんだけど、現実の幼なじみなんてこんなものだ。彼女──紅羽流乃は男の腕を取って強引に自分の傘に入れる。


「俺は大丈夫だよ。バカは風邪引かないって言うだろ? それより麻衣たちを入れてやれよ」


 男──神代シンは羽流乃の優しく手を振り解きながら全く邪気がない笑みを浮かべる。後ろには、何人かの女子たちが濡れながら歩いていた。非常にむかつく、神代ハーレムの連中だ。


 神代なんかのどこがいいのか、俺には全く理解できない。ちょっと顔がよくて実家が金持ち。あいつはそれだけだ。中身は幼稚な糞ガキでしかない。気に入らなければ暴力を振るうし、もっと汚い手を使うこともある。本人は正義の味方のつもりだろうが、俺にとっては悪魔そのものだ。


 正直言って俺は羽流乃のことが好きだった。剣道場でしごきと称して俺が上級生にボコボコにされたとき、周囲が見て見ぬふりをする中、羽流乃だけは俺を助けようと剣を取り、立ち向かってくれた。あのときの羽流乃の凛々しい姿が忘れられない。あのとき、俺は羽流乃と一生一緒にいたいと思った。


 でも、告白なんてできるわけがない。あの忌々しい神代の隣で、羽流乃はちょっと見たことがないくらいに楽しそうである。


「冬那さんの傘に入れてもらえばいいでしょう?」


 羽流乃は不満げな顔を隠そうとしない。神代は苦笑する。


「三人は入れないだろ?」


「葵さんは入る気がないからいいでしょう?」


 羽流乃は拗ねた子どものように口を尖らせる。俺は内心苛立ちながら、茶番劇を眺め続ける。神代を傘に入れるかどうかで、どうしてそんなに羽流乃は必死なのだ。どうして羽流乃は、俺に見せない顔をその男には平気で見せるのだ。


 どこまでも横恋慕なのはわかっているが、無性に腹が立つ。俺とあのむかつくクソ野郎の、何が違うというのだ。一緒になって暴れてやれば、羽流乃は俺に惚れるのか? それだけの力があれば、俺は羽流乃をモノにできるのか?


「ダメに決まってるだろ。俺は走るから、羽流乃は麻衣を入れてやれ。じゃあな!」


「シン君、ちょっと待っ……!」


 神代はまだ浅い水たまりの水をバシャバシャと撒き散らしながら走り去ってしまう。傘を開いていて走れない羽流乃は取り残されてしまった。


 憮然と立ち尽くす羽流乃のところに呼子麻衣は駆けていって、するりと同じ傘に入った。


「羽流乃ちゃん、駅までよろしくやで~!」


 呼子はずうずうしくもニコニコしながら羽流乃とくっつく。羽流乃は目の前でかつおぶしをかっさらわれたノラネコのように機嫌悪そうな顔をして尋ねた。


「……麻衣さん、あなたは冬那さんの傘に入っていたのではないのですか?」


「ほら、あっちは葵がおるから」


 呼子は後ろを指す。歌澄葵と……俺が見たことのない少女が問答していた。


「……いいから僕のことは放っておいてよ。孤独っていう言葉の中に、寂しいって字はないんだよ。僕は誰からの施しも受けないのさ……ハックシュン!」


「ほら、寒いんじゃないですか。遠慮しないでください」


「……」


 歌澄は少女が差し出した傘に、ばつが悪そうに入った。それを確認して羽流乃と呼子は歩き去る。見知らぬ少女と歌澄も、俺の前を通り過ぎる。俺のことなど、まるで存在しないかのように。


 ところが、少女は俺の前で足を止めた。


「山北君、よかったら、これ、使ってください」


「え……?」


 少女は鞄から折りたたみ傘を取り出し、俺に差し出す。なぜ俺のことを知っている? 俺は思わず反射で受け取ってしまった。


「もう一つあるなら僕に貸してくれればよかったのに」


「私は葵先輩と一緒に歩きたかったんです」


「……それってどういう意味?」


「? 葵先輩とも仲良くなりたいって意味ですけど……?」


「……ちょっと邪推しただけさ。忘れてよ」


 次の瞬間には、少女も歌澄も俺のことなどなかったかのように歩いていってしまった。俺は預かった折りたたみ傘を手に、二人を見送る。


 病気で小学校に来なくなったかつてのクラスメイト、黒海冬那が数年ぶりに復学していたことを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。

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