10 二人
「シンちゃん、調子はどうや?」
麻衣に訊かれ、シンは回答する。
「うん、まあ、悪くはないよ」
「そっか。それはよかった。ウチ、シンちゃんに伝えたいことがあるんや。聞いてくれるか?」
いつになく真面目な顔で、麻衣はシンを見上げる。若干の緊張を覚えつつ、シンはうなずいた。
「ああ、もちろんだ」
「えっとな、あのな……」
しかし麻衣はうつむいてしまい、顔色を青くしたり赤くしたりしながらもじもじと体を震わせ、一向に喋ろうとしない。かなり緊張しているようだ。よほど重要なことらしい。シンは黙って麻衣の言葉を待つ。
やがて麻衣は意を決したようで拳を握りしめて顔を上げた。シンも緊張して、生唾を飲み込む。
「……シンちゃん! 武道場のところで羽流乃ちゃんが待ってるで!」
「……え? そうなのか?」
てっきり麻衣本人のことについてだと思っていたシンは拍子抜けする。羽流乃のことが、麻衣にとって一大事だったのだろうか。いや、仲のいい二人ではあるのだけれども。
「確かに伝えたで! はよ行ってあげてな!」
憑き物がとれたかのようにスッキリした顔をして、麻衣はシンの元から去る。
「ウチはシンちゃんも羽流乃ちゃんも冬那ちゃんも大事やから、これでええんや……!」
麻衣は小声で何か言ったが、シンには聞こえなかった。
麻衣に言われたとおり、シンは武道場の方に向かう。羽流乃は武道場の裏にいた。
「シン君」
「どうしたんだ、羽流乃? 何か問題発生か?」
わざわざ麻衣を使って人気のないところにシンを呼び出したのだ。みんなの前ではできない話だろう。シンと羽流乃でなければ解決できない問題に違いない。そう思ってシンは訊いてみるが、羽流乃は浮かない顔で首を振った。
「いえ……そういうわけではありません。ただ、シン君のことが心配で……。山名さんのことで責任を感じているのではないかと……」
羽流乃はそう言って目を伏せる。いつも毅然としている羽流乃には似付かわしくない表情だった。
「……」
シンは何も言えない。羽流乃が言う通り、瑞希の死に関してシンは責任を感じていたからだ。あのとき、葵の言われるがままに動かなければ。そう思わずにいられない。
「冷たいことを言うようですが、自殺は100%山名さんの責任です。山名さんは、葵さんに依存している気がありました。葵さんも山名さんを拒絶しているようで、山名さんしか見ていなかった。はっきり言って、あの二人は不健全だった」
ふとシンは、葵と話しに行く前の羽流乃とのやりとりを思い出していた。「水族館でシンと二人きりになって、告白する」。てっきり聞き違いか何かの冗談だと思っていた。でも、もしかして……。
羽流乃は、黙して語らないシンの手を握る。羽流乃の手は温かかった。
「シン君、前だけを見ましょう。山名さんにはできないのかもしれません。でも、私たちにはその権利があります」
「そう、だな……」
羽流乃らしい厳しい言葉だった。全面賛成はできない。でも、シンが前を見なければならないというのは事実だと思う。
シンは顔を上げる。不安と緊張からか、口を真一文字に結んでいる羽流乃の姿がそこにはあった。事実であっても葵と死んだ瑞希の悪口のようなことをシンに言うのは、羽流乃にだってためらわれたはずだ。それでもあえて口にしたのは、シンに本当に前を向いてほしいから。シンは羽流乃の強さに胸を打たれたような気分になる。
そろそろ時間だ。みんなのところに戻って委員長、副委員長の職務を果たさねば。
「俺は大丈夫だよ。さぁ、行こう」
本心からの言葉だ。羽流乃がいて、麻衣がいて、冬那がいる。シンがうつむいている必要なんて、全くない。シンは羽流乃の手を握り返し、二人は手をつないだまま歩き出した。




