-2 羽流乃の過去(中)
自分が上級生のカツアゲ事件を解決するのだと、シンは勇んで教室を出て行った。シンが格闘技等をやっているなんて話は聞いたことがない。上級生複数相手に暴れるなんて無謀すぎる。まさか直接殴り込んだりはしないだろう。
そう思っていた羽流乃は帰りに校舎裏を通りかかって驚愕した。夕日を背にした神代シンが、三人もの上級生相手に一歩も退かず殴り合っていたのだ。
シンは殴り合ううちにできた切り傷で血まみれだったがピンピンしていて、汗一つかかず拳を振るっていた。だが、敗色濃厚である。上級生たちは三人掛かりで奇声を上げながら体格差を活かしてシンを押さえ込み、決着をつけようとしていた。彼らは完全に本気だ。シンに勝ち目はない。
思わず羽流乃は竹刀を持って走り出す。
「いい加減にしなさい! 先生を呼びますわよ!」
「やばい、逃げるぞ!」
部外者である羽流乃の姿を見て上級生たちは冷静になる。上級生たちは殴り合いを中断し、逃げ出した。シンに追いかける余力はない。シンは上級生が逃げるのを見届けて、安心したのかパタリと倒れる。
「あなた、何を考えているのですか! 下手したら死んでましたわよ!」
中途半端に傷つけられて上級生たちは大層興奮していた。複数人で頭を殴られたりしたら冗談抜きに死ぬ。
「そんなの関係ないだろ? やるときは、やらないと。助けを待ってるやつがいるんだから」
地面に大の字になったシンはニッコリ笑う。暴力を振るうリスクも、振るわれるリスクも理解していない。羽流乃はため息をつく。
「助けを待っている人が、どこにいるのですか?」
「ん? 俺が戦っている間に逃げちまったよ」
シンはあっけらかんとしていた。この男は本当にバカだ。きっと面倒なことになるに違いない。明日にでも酷い目に遭うだろう。
羽流乃が思ったとおり、シンの行いは問題になった。上級生がシンに突然殴られたと訴えたのである。シンは上級生たちが下級生からカツアゲする現場に踏み込んだのだと主張したが、証人は誰もいない。
シンはカツアゲされていた下級生の名前さえ知らなかったのだ。転校したばかりのシンが被害者を捜せるはずもなく、話にならない。
今のところ校内だけの問題に留まっているが、親を巻き込んだらシンは完全にアウトである。いくら地元の名士である神代家でもかばい切れないだろう。転校とか、もっと悪ければ少年院行きとか、ろくでもない結末にたどり着くに違いない。
「どうするつもりですか?」
職員室から出てきたシンに、羽流乃は尋ねる。べつにシンが心配なわけではない。学級委員長として、クラスの問題を見過ごせないだけだ。
「どうするも何もないだろ? そのうちわかってもらえるよ」
シンは全く緊張感のない顔でニコニコするばかりである。本気でそう思っているようだった。
「あなたはバカですか?」
「おう、よく言われるぞ。俺は信じているだけだからな」
羽流乃の直球の罵倒にも全く動じない。これはとんでもないバカか、とんでもない大物のどちらかだ。このときの羽流乃は、まさかシンの言うとおり「そのうちわかってもらえる」ようになるなんて思ってもみなかった。




