エピローグ
「全く、どうしてあなたがそんなに帰ることにこだわっているのかわかりませんわ」
夜、広間で話を聞いていた羽流乃は、シンたちとともに王宮の客室に向かう途中で吐き捨てた。
「いや、向こうにばあちゃん残してるし、こっちに来てないやつだっているしな……」
祖母のことも心配だが、冬那はどこにいるのだろう。転生できずに消えてしまったのではないか、とは聞いている。でも、そうであってほしくない。生き残ったからこちらにいないのだと信じたい。
「何が向こうですか! こちらで皇帝にまで上り詰めたことを喜びなさい!」
「そんなこと言われてもなあ……」
正直、シンとしては皇帝になったから何なのだという気しかしないのだが。すっかりこの世界に馴染んでいる羽流乃とは価値観が相当にズレてしまっているらしい。シンは麻衣に訊いてみる。
「なあ、麻衣。羽流乃の記憶を戻すことってできないのかな?」
「魔王としての力を使えばできんことはないけど、ええんか? この状況見たら、羽流乃ちゃんブチ切れるで」
「確かに……」
シンはうなずかざるをえない。葵と麻衣の二人を嫁にして自身は皇帝というわけのわからないポジションに座っているのだ。
「勝手なことを言わないでくださいまし! 私には前世の記憶など不要です! あなた方のように軟弱にはなりたくありませんから!」
吐き捨てた羽流乃は肩をいからせ、スタスタ歩いていってしまった。本人がああ言っているのに、無理に記憶を戻すわけにもいかない。どうしたものか……。
○
閉じ込め症候群に陥った冬那は、ひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。一秒が、何十倍にも感じられる。気が狂いそうだ。耐えるしかない。そして、どうにか起き上がれるように……!
(でも、先輩たちがいない世界に戻って、意味はあるのでしょうか……?)
疑問は尽きない。だが、冬那にコントロールは不能だ。冬那は大河に浮かぶ一枚の葉っぱのように、流れに身を任せるしかない。
「……迷える子羊よ。あなたの願いは何ですか?」
ついに幻聴まで聞こえるようになったらしい。もう冬那はだめのようだ。
「……幻聴ではありません。私は天使ガブリエル。あなたを導くために遣わされた天使です」
開かないはずのまぶたの裏に、六枚の翼を持つ天使の姿がはっきりと映った。冬那は動かない唇を必死に動かす。
「私の願い……私の願いは……!」
冬那の言葉を聞いて、天使はニッコリと微笑んだ。
第2章はこれで終わりになります。
次回からは羽流乃、冬那編です。




