37 結婚
更衣室に押し込められたシンは、あれよあれよという間に着替えさせられる。ところどころに装飾品がつけられたゆったりとした衣装に、黄色と緑を組み合わせたチェック柄のマント。ひょっとしてこれは王様の服なのでは……。さらに葵と麻衣が持っていたはずの地の指輪、風の指輪を預かった。結婚式で二人にはめてあげなさいということだ。
今さら逃げ出すわけにもいかず、シンは侍女たちに言われるがまま王宮の広間に向かう。式典の段取りどころの話ではなくなってしまった。
扉が開くと同時に、ファンファーレとともに花吹雪が舞う。
「皇帝陛下の、おな~り~!」
衛兵が声を張り上げる。俺はいつから皇帝になったんだ……。シンは顔を引きつらせながら王座へと続くレッドカーペットを歩き始める。王座で待っているのは、ウェディングドレスで着飾った葵と麻衣だった。
「待ってたで、シンちゃん」
「やれやれ。強引に花道を用意されるとはね」
麻衣は心底嬉しそうに笑っていて、葵も少し不満げなそぶりは見せているもののまんざらでもない様子だった。このまま唯々諾々と従って結婚式なんて本当にいいのかと内心で頭を抱えていたシンだったが、動揺は見事に収まる。二人がこんな顔をしてくれるのなら、何も問題はない。
もちろん、シンと葵はシルフィードで結婚式を挙げる気なんてなかった。麻衣は不意打ちで挙式を決行したのである。葵は当然反発したが、麻衣は自分一人でなく一緒に式を挙げようと誘った。葵は麻衣に先を越されるよりはと承諾した。
麻衣が政治的な駆け引きを仕掛けてきたということだ。ただ単に抜け駆けしただけならグノームに喧嘩を売ったのと同義だが、葵と同時に結婚することで矛先をかわしつつグノームとシルフィードが同格とアピールすることに成功している。
ついでにシンを皇帝にするのも同じ目的であり、かつ同時挙式を断りづらくするための材料だ。皇帝シンと先に結婚するのがシルフィード女王では具合が悪い。強引に脱出して式典欠席となるとグノーム側が何をやっているのだということになってしまうので、葵は麻衣の策に乗るしかなくなった。
シンは王座への階段を上りきり、待っている二人の新婦の前に立つ。葵も麻衣も、化粧とウェディングドレスがよく似合っていて綺麗だ。自然と、シンの顔から笑みがこぼれる。
「シンちゃんが皇帝になったのはみんなの力や。せやからウチと葵で、シンちゃんに王冠をかぶせたる」
「少しかがんでくれるかい? 僕はともかく、麻衣の身長だと届かないからさ」
葵に促されてシンは片膝をつく。トパーズとエメラルドで飾られた王冠が、葵と麻衣の手によってシンの頭に乗せられた。
参列者からの一際大きい拍手が、地響きのように広がっていった。地元シルフィード家臣はもちろん、式典出席予定だったグノームの貴族たちも多数やってきている。最前列では、少しムスッとした表情で羽流乃が手を叩いていた。今さらながら、緊張する。
「まだここまでする気はなかったんだけど、これも成り行きさ。さぁ、次は僕に指輪と、誓いのキスを。ここは譲らないからね」
葵は麻衣を一にらみして牽制するが、麻衣は飄々と受け流す。
「先にシンちゃんと婚約してたのは葵や。葵が先にすればええ。二番目に、ウチもきっちりやってもらうけどな」
シンはぎこちない手つきで葵の左手薬指に地の指輪をはめ、葵と向かい合う。
「本当に、いいのか?」
半ば自分に問い掛けるように、シンは尋ねた。葵は、いつも通り拗ねた子どものような顔をして答える。
「いいわけないだろ。僕はなし崩しじゃなくて、君の心をちゃんと掴みたかったんだ。他のみんなに勝ってね。でも、嬉しくて、嬉しくて、たまらないんだ……。こんな風に、みんなに祝福してもらえることなんて、僕の人生の中でなかったからさ……」
葵は、目にうっすらと涙を浮かべていた。フェアプレー精神も必要だが、ほしいものをほしいときに掴みに行って、何も悪いことはない。シンは微笑む。
「じゃあ、ちょっと順番が前後するだけだな」
「何がじゃあ、だよ。あっ……」
シンは葵の唇をふさいだ。葵はシンに強くしがみつく。
「もうずっと、離さないんだからね……」
「ああ、愛してる。ずっと一緒にいてくれ」
そう言いながらシンは葵を優しく引きはがした。二人目が待っている。
「シンちゃん、ウチはずっとこの日を夢見てたんや……。でも、ウチはまだシンちゃんの気持ちをはっきりとは聞いてへん。聞かせてくれるか……?」
麻衣は目を潤ませながらシンを見上げる。イエスと言わざるをえない状況に追い込んでおいてそんなことを言い出す麻衣に、シンは苦笑した。どんな小細工をしても、人の気持ちを奪えるかはわからない。シンには形式上だけ麻衣と結婚するという選択肢もある。
「麻衣、俺も麻衣のことが好きだ。ずっと一緒にいてほしい」
シンは麻衣の左手に風の指輪をはめた。
「ありがとう、シンちゃん……」
麻衣はちょこんと背伸びして、シンは麻衣と唇を重ねた。隣に葵がいるのにこんなことができてしまう自分はどうなのだと思わないでもないが、本音なのだから仕方がない。
「「「皇帝陛下、万歳!」」」
「「「グノーム女王陛下、万歳!」」」
「「「シルフィード女王陛下、万歳!」」」
「「「グノーム=シルフィード二重帝国万歳!」」」
広間に響き渡る参列者の万歳三唱に、シンは手を振って応えた。




