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9 出発

「シンも災難だったなあ。山名の死体、見ちゃったんだろ?」


 隣を歩く斑夫に尋ねられ、シンはうなずいた。


「……ああ。もう少し何かできなかったのかなって、今でも思うよ」


 瑞希の自殺から三ヶ月が経った。今日は延期になっていた沖縄への修学旅行の出発日である。今は空港行きのバスを校庭で待っている状況だ。出発までにはまだかなり時間があり、生徒の姿はまばらだった。生徒が集まったら整列させるのがシンの役目である。


 落ち込んでいる様子のシンを、斑夫は明るく慰める。


「気持ちを切り替えて行こうぜ。沖縄が俺たちを待っている! ゴーヤにシーサーにえ~っと……琉球空手に具志堅用高だ! 御殿手もあるぞ!」


 思いつかなかったのか、途中から趣味に走る斑夫にシンは苦笑する。斑夫はレスリング部に所属し、格闘技全般に興味があるのだった。


 確かに、修学旅行は楽しまなければ損である。斑夫はシンと別の班だが、自由時間でそちら方面を回ったりするのだろうか。シンは無理矢理笑顔を浮かべる。


「そうだな……! パーッとやらないとな……!」


 自分で言って説得力がない気がした。空元気が空回りしている。斑夫は苦笑いして、親指で後ろを指した。


「ほら、ハーレム野郎、嫁が来てるぞ? 行ってやれよ」


「え……?」


 見れば、斑夫の斜め後方で何か言いたげに冬那が立っていた。シンは駆け寄って尋ねる。


「冬那……? どうしたんだ?」


 冬那は答える。笑顔がいつもよりぎこちない。


「えっと、なんとなく先輩と話したいなって……。ここのところの先輩、ずっと元気なかったから……」


「ああ……」


 瑞季のことがあって、元気でいられるわけがない。少なからず、シンには責任があるのだ。


「先輩が気に病んでるのもわかります。でも、先輩には胸を張っていてほしいんです。私を変えてくれたのは、先輩だから……!」


 冬那はシンを見上げ、強い視線を送る。シンはその視線の意味を知っている。




 シンと冬那が初めて出会ったのは、病院ボランティアでのことだった。シンたちは長期入院中の子どもたちと遊ぶボランティアをやっているのだが、その様子をベンチに座ってぼんやり眺めている女の子がいた。それが、冬那だったのである。


 話を聞いてみれば、冬那はシンたちの同級生だった。気管系の病気で長い間入院しており、小学校低学年の頃以来学校には行っていない。冬那の病気は治りかけていたが、今さら学校に戻れるのか。冬那は不安に思い、ずっと浮かない顔をしていた。精神的な重圧のせいか病気は再び悪くなり始めて、冬那はますます辛くなった。


「大丈夫、心配するな。絶対何とかなる」


 シンは言い切った。昔の記憶は曖昧だが、うっすらと覚えている。シンも転校する前、こんな風に不安に思っていた。でも、飛び込んでみればなんともなかったのだ。


 冬那はシンの言葉をすぐに信じたりはしなかった。だからシンは活動のときに冬那を誘った。一緒に小さな子たちと遊んだり、勉強を教えたりしたのだ。最初はおそるおそるだった冬那はすぐに羽流乃、麻衣と打ち解けた。葵だって冬那を邪険にはしなかった。冬那はみんなと仲良くなって、笑顔を取り戻した。


 そして冬那は学校に戻り、今は冗談めかしてシンたちのことを先輩と呼ぶ。感謝と照れの混じった呼び方だった。




 そうだ。いつまでも立ち止まってはいられない。ショックを受けているのはシンだけではないし、シンにはみんながいる。シンは努めて笑顔を見せた。


「……すまねえな。かっこ悪いとこばかり見せてらんないよな」


 シンの顔を見て、冬那も笑顔になる。


「これ、移動中にでも食べてください! うちの畑でとれたやつです! 私が世話してたんですよ!」


「おう、ありがとう」


 シンは冬那が差し出してきたタッパーを受け取る。中に入っているのはキュウリや枝豆だった。冬那の実家は農家なのだ。冬那が自分で育てた逸品だった。ホテルに電子レンジってあるのかなあ……? そのままでも一、二日は大丈夫だとは思うけど。いや、沖縄は春でも暑いだろうし……。


「それじゃあ先輩、私は先にバスのところに行ってますから!」


 冬那はそう言って駆けていく。まだ時間はあるのに、とシンは思ったが、校舎の陰でなぜか麻衣が身を隠しながらこちらを伺っていた。冬那はシンに手を振ってから麻衣のところに行って、小声で囁く。


「麻衣ちゃん先輩、勇気を出して! がんばってください!」


 麻衣は神妙な顔でうなずき、歩いてシンの前に出て来た。入れ替わるように、冬那はその場から走り去る。いったい、どんな話があるというのだ。

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