飯が美味けりゃそれでいい。 《騎士達視点》
よろしくお願い致します。
「ああ今日も……」
「仕事が辛い」
「いい匂いだー……」
「腹減った……」
「美味そーー」
騎士達が宙を見上げ各々口にする。
仄かにたなびく煙に目をやり羨望を滲ませた表情と嫉妬を含んだ声色が今日も警備隊詰所に響いたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この騎士団警備隊第三詰所の隣には薬屋がある。
そこの店主は引退したが、代替わりに若い男が引き継いだ。
暫く経った頃、隣の薬屋の異変がこの警備隊詰所を襲った。
いや、襲ったと言うには語弊があるだろうか。
だが、押し入りか!?強襲か!?と言いたくなる、ソレの進入に誰も阻める者は居なかった。
「腹減る匂いっすねー」
「美味そー」
「いい匂いだー」
「焼き魚ー」
「ニンニクソテー」
「シチュー」
「パンのいい匂いーー」
口々に漏れる思いの数々。
塀を越え風に乗り進入する美味そうな煙に警備隊詰所は支配されたのだった。
ーーー
「おい。同居相手が出来たのか?」
「いいねぇ。美味い料理が出来る恋人が出来て」
「俺らにゃ縁遠いからなぁ」
「大層なご身分で」
「羨ましいもんだぁねぇ」
男の嫉妬は醜い、と言われるがここには男しか居らん!他人の視線など気にする環境じゃないとばかりに、薬の配達に来た隣の薬師に絡むのは致し方無いことだ。
騎士達に嫉妬で囃し立てられた薬師はバツが悪そうに言葉にした。
ーー両親が亡くなったから妹と同居を始めた、と。
困惑気味に説明する薬師に、両親の訃報を知らなかったとはいえ囃し立てたことを皆が謝罪した。
だが日々、たなびく香りに騎士達の気力が散漫になるのも困ったもの。
とうとう、ある騎士達は隣の薬師を強襲する算段を立てた。
強襲を算段したのは警備隊第一班に所属する、
セグル・ラットゥーガ、
ジャンゴ・バーリー、
ライ・ロッゲン、
オリュザ・バルダーナ、
の、四人だ。
セグルは面倒だ、と言い、このまま薬屋に特攻かける、と息巻いた。
セグル・ラットゥーガ、流石体躯良く大らかで豪快な性格。だが三十一歳にして考えるより行動で困る人物だ。脳筋が理由で女にモテないのだが。それを本人は知らない。
ジャンゴは薬師の兄から警戒されるのも都合が悪いだろう、とセグルを抑えいくつか提案を出した。
ジャンゴ・バーリーは筋骨隆々で一番背が高い。二十九歳でセグルより年下だが周りを見てから動く、意外に冷静な人物なためセグルのブレーキ役を任されている。
あん?飯食わせろ!って店に行きゃいいんじゃね?と安直な意見を口にするライは短気すぎる。
すぐ人に威嚇するライ・ロッゲンは目付きも鋭く二十三歳に見えない。すぐさま向かおうとするのをジャンゴが止めた。
オリュザはジャンゴの提案でいいんじゃない?とあまり考えていない口調でへらりと笑っている。だがオリュザ・バルダーナは二十二歳と言う若さで一班まで上がった人物だ。人間観察にすぐれ軽口で人を躱す。実は腹黒だと知る人ぞ知る人物。
話し合いの結果、薬師に薬の相談と称して近づくこととした。
「おい!兄ちゃん、配達帰りかい?」
「俺ら暇なんだ」
薬師を見つけたセグルとライが先に仕掛けた。
本来なら警戒されないようにジャンゴかオリュザが話しかける予定だったのだが、二人は食欲に負けたようだ。
「ちょっと兄ちゃんの所にお邪魔していいかい?」
「お兄さんとゆっくりお話したいのですが?」
オリュザが和ませるような声色で薬師に声をかけそれに続いてジャンゴが落ち着いて話しかけた。
だが、警戒されたのか怪訝な顔で一睨みされた。
やはり脳筋セグルと短気のライは気にも留めず薬師の肩に腕を組み、半ば脅しのように薬師を連れ立ち薬屋に向かった。ジャンゴが眉を寄せてオリュザが困惑を浮かべている。二人が我関せずは相変わらずか、と。
「兄ちゃんお帰りー! あれ?み、皆さんお揃いで。いらっしゃいませ……」
店に入ると妹ちゃんが出迎えてくれた。
薬師に代わり店番していたのだから当然だが。
そして、それこそが目的なのだ。確実に居てもらわなければならない目標人物なのだから。
この妹ちゃんが美味い匂いの根源!!とばかりに四人の視線が集中した。
ちまっと座っている妹ちゃんは少し怯えながら上目遣いで我々を見ている。座っているから当然だが。
薬師が帰って来たことで妹ちゃんはお役目御免とばかりに奥に引っ込んでしまった。
会話の流れで飯の話題にしようと思っていた四人は初っ端から計画の頓挫に内心慌てていた。
いや、四人は、と言うのは違うだろうか。
脳筋と短気はジャンゴとオルジュ二人に後は任せた、とばかりに会話に入らない。
ジャンゴとオルジュは携帯用の薬を薬師に聞いた。
遠征に行かないこの部署ではあまり利用する機会がなく相談するには無難な内容だ。怪しまれることなく相談できる、と言う手筈だったのを威嚇しながら脳筋と短気が絡んでいけば胡散臭く思われるのも当然だ。
相談内容が無難すぎて薬師も拍子抜けしているのが伺え一同、ジャンゴとオルジュは安堵した。
昼飯近くまでなんとか会話を引っ張っていると、妹ちゃんが顔を出し昼飯時間を伺っている。
作戦通り!と皆が歓喜したのは当然だ。
「そろそろお昼ですが……皆さんご予定は?……良かったらお昼ご一緒にいかがですか?」
渡りに船な言葉に思わず即答する四人。
「いやぁ、悪いなぁ!」
「ゴチになる!」
脳筋と短気は身を乗り出した。
「是非ご相伴に預からせて下さい」
「楽しみっす!」
やはり楽しみなため食い気味に返答してしまうのは仕方ないとジャンゴとオルジュは苦笑した。
だが妹ちゃんの分かりやすい社交辞令の笑みが半眼の胡乱気になったのが申し訳なかった、と再び二人は顔を見合わせ肩を竦めた。
傍で兄である薬師が呆れているがこの際気にしないでいた二人だった。
妹ちゃんの美味い飯にあり付け悦に浸った我等面々。
匂いに違わず美味しい食事に皆があっと言う間に完食した。
料理は美味しかった。
ーーーそして、なによりも……
キッチンをクルクル回り手早く料理を作る妹ちゃんの様子に皆が釘付けだった。
脳筋はガン見して、短気は頬杖つきながら横目でチラチラと、そして二人は微笑みながら妹ちゃんを見つめていた。
ーーーそれを観察している兄の図。
それぞれ相関図ができた瞬間だった。
しかし、美味い食事のその悦はあっと言う間に潰された。
警備隊詰所でご相伴に預かる順を皆が勝手に決めていた。
「手柄横取りか!」
「横暴だぞ!」
セグルとライが不満を露わにしている。
「俺らの作戦のおかげっすよ!」
「人の苦労を何だとお思いで?」
オルジュとジャンゴが訴えたが受け入れられなかった。
「独り占めとは騎士の風上にも置けないなぁ」
騎士なら皆平等では?と、隊長に睨まれ副長に言いくるめられたら、もうお終いだ。
日替わりで班ごと順番に薬屋に向かうことになった。
「ふっざけんなーーーーーー!!!」
妹ちゃんに、一般家庭でそんな大量に毎日作れるかあーーーー!と一喝された。
「勝手に決めるなぁぁああ!!!」
怒れる妹ちゃんを宥め交渉の上、週二日ご相伴の日を設けて貰ったのだった。
登場人物
●警備隊●
隊長:ギドニー・オルジュ三十六歳
隊長と言うより盗賊のお頭と言われそうな雰囲気の人。エラの張った四角い顔に厳つい眉と目付きはお頭に相応しい。剣より巨大斧が似合いそうだが騎士なので剣を使っている。
副長:バトス・ラーファノ 三十三歳
金髪碧眼の迫力ある美人。整った顔付き故に凄んだ顔は恐ろしい。貴族の庶子故に顔が良いが、それを理由に近づく者も多く辟易している。沈着冷静で冷めた性格。
第一班の四人。
•セグル・ラットゥーガ 三十一歳
体躯良く盗賊のような風貌と言われる。陽に焼けて浅黒い肌。黒髪短髪ハッキリ眉毛に緑の瞳で深い彫り。骨張った顔付きで額や頬に傷跡有り。
大らかで豪快な性格。考えるより行動の脳筋。妹ちゃんの料理が好物。
•ジャンゴ・バーリー 二十九歳
筋骨隆々で一番背が高い。褐色の肌で面長で彫りのある茶髪水色の瞳。柳眉に少し垂れ目。右額から頬にかけて縦一直線に傷跡がある。おかげで凄みのある顔付き。
周りを見てから動く、意外に冷静な人物。強面だが口調は丁寧。甘い物好きで妹ちゃんの作るデザートが好物。
•ライ・ロッゲン 二十三歳
細眉に吊り目切れ長で目付きが鋭い。紺の髪に黒目。顔は整っているが威嚇する雰囲気を醸し出し、無造作にオールバックにしている髪型は寝癖を直すのが面倒なだけの身なりに無頓着な人物
中身はただのヤンキー。すぐ人に噛み付く短気。妹ちゃんの作るシチューが好物。
•オリュザ・バルダーナ 二十二歳
焦茶の髪に緑目。癖毛の短髪。目鼻立ちはハッキリして整った顔付き。左目の下に泣き黒子がある。飄々とした軽い人を装う腹黒。身軽な足捌きで舞うように剣を振る。軽口で人に紛れまて情報を集める。妹ちゃんの魚料理が好物。
ご読了ありがとうございました。
2017.0801誤字修正