薬屋です。 《兄視点》
よろしくお願い致します。
「兄ちゃんご飯だよーー!!」
「はいよ」
返事は俺一人分なのに、ワラワラとどこから湧いたのか狭いダイニングにミチミチと人が座っていく。
屈強な男達が呼ばれていないのに集まるテーブル。
筋骨隆々な強面が所狭しと集まる我が家のキッチンは一般的な広さしかない。
そして兄妹二人なのに、何処からか椅子が持ち運ばれマッチョ達が雁首揃えて座っている様は異様としか言い様がない。
「今日はチキンのグリルとビーフシチューとコーン入りのスコーン。デザートはミルクプリンね」
家主である俺より満面の笑みを湛え食事を待つマッチョ達に思わず渋い顔になる。
「ウチはご飯屋じゃないよ?」
誰も聞かない、聞くつもりもない俺からの意見はチキンを焼く音に消された。
テーブルに並べられた食事を屈強なマッチョ達は頬を緩ませ感謝を口にするとモグモグと頬張った。
「なんでこうなったかなぁ………」
納得のいかない俺は不満をスコーンで飲み込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
妹が俺の所へ引っ越して来たのは半年前。
両親が亡くなり身寄りが俺だけになったからだ。
仕事で里帰りできず両親の埋葬や墓など妹に任せたままだった。
妹が来た初日は気疲れか熱を出し寝込んだ。
熱に魘されながら大泣きした妹。
両親が亡くなり、心細いところで知らぬ地へと引っ越しだ。肉体的にも疲れただろうが、精神疲労は計り知れないだろう。
泣き噦る妹を宥めながら看護したのは何時振りか。
妹の頭を撫でながら感慨に浸ったが、これを言うと妹の機嫌が悪くなり、食事に激辛を仕込まれる。
泣いて抱きつく妹が懐かしかっただけなのに。
理不尽だ。
妹は回復すると家の事をしてくれた。
薬の調薬中に接客してくれるのも助かった。
男の独身生活では食生活もいい加減になる。
妹の飯は普通に美味い。
妹のおかげで生活圏まで手が回らず荒れ気味だった生活が潤うようになった。
妹も配達を手伝ってくれるが、隣の警備隊詰所への薬の配達は俺がしている。
流石に男がひしめく中に妹を行かせる訳にはいかないからだ。
俺が配達すると隊員達に文句を言われるが聞く気はない。
「お前じゃなく、妹ちゃんに配達させろよ!」
「潤いを寄越せ!」
「男じゃつまらねー」
「癒しも薬師の仕事では?」
「襲わないから!」
おい!最後のヤツ!聞き捨てならないぞ!
絶対妹に配達させねぇ!!
そんなある日、俺は配達帰りに強面に絡まれた……。
「おい!兄ちゃん、配達帰りかい?」
「俺ら暇なんだ」
「ちょっと兄ちゃんの所にお邪魔していいかい?」
「兄さんとゆっくりお話したいのですが?」
筋肉で太く盛り上がる腕を俺の肩にかけて接近するマッチョを胡乱気に一瞥した。
「仕事中の薬師に絡むなんて、非番と言えども騎士は暇なんですね?」
嫌味を言えば流石にバツの悪そうな表情を浮かべている。
警備隊の四人組だ。
「ま、気にすんな」
「そうそう」
意味ありげに顔を見合わせながら俺の肩を叩くのはヤメろ。
痛いから。騎士の筋肉は伊達じゃないだろ!この脳筋!!
詰所から店まで大した距離が無い以上、あっと言う間に着いてしまう。
「兄ちゃんお帰りー!あれ?み、皆さんお揃いで。いらっしゃいませ……」
両手にマッチョに囲まれた兄の図、に引き気味の妹の気持ちは良く分かる。
兄はその道では無いからな?
間違っても勘違いするなよ?
妹の痛い視線が改善されることを祈りたい。
彼等に携帯用の薬について聞かれた。
あまりにも普通で、あまりにも当たり前な相談で肩透かしを喰らった。
街の巡回に携帯用傷薬や湿布薬など必要としない。
遠征する部署ではない警備隊詰所ではあまり常備していないらしい。
携帯用薬は粉末となる。
生薬は腐りやすくカビも生える。
粉末状にして使用する時に水を加えて練って使うのだ。
旅行者や冒険者、傭兵等は携帯用薬が必須になる為、もちろんウチにも置いてある。
効能によって自分で配合しながら混ぜることもできるが注意事項を説明した。
説明していると昼近くになった。
昼近くになると妹がソワソワと話しかけてきた。昼飯の準備していたからだろう。
何故か騎士達四人もソワソワしている。
胡散臭い奴らだ。
早く帰れ!
妹を見るな!
「そろそろお昼ですが……皆さんご予定は?良かったらお昼ご一緒にいかがですか?」
「いやぁ、悪いなぁ!」
「是非ご相伴に預からせて下さい!」
「ゴチになります!」
「楽しみっす!」
妹の表情から社交辞令が有り有りと分かるにもかかわらず、遠慮無く食い気味に詰め寄る騎士達に呆れを通り越して、納得してしまった。
俺に絡んで店に来たのは理由があったのだ。
携帯薬は言い訳で……。
「やっと食べれる」
「長かった」
「匂いだけで辛かったぜ」
「楽しみっす」
お前ら聞こえてるからな!
飯目当てかーーー!!??
ウチは飯屋じゃねぇーーーー!!!!
妹が来てからウチから漂う料理の煙は塀を越え騎士団警備隊に届いていた。
毎日嗅がされる美味そうな香りに皆が限界になったらしい。
「妹ちゃんが来てからお前の肌色良くなっただろ」
「毎日嗅がされる身になってみろ!匂いの暴力だ!拷問だ!」
「ご馳走を匂いだけでお預けだからな!」
「お前だけズルイっす!!」
こっちは唯の普通の毎日な生活だ!
知るか!!
何がズルイだ!!
兄妹だ!!
家族だ!!
文句あるかーーーーーー!!!
「飯食べに来た!!!」
「匂いに誘われまして……」
「風に乗ってくる美味しい匂いにいつも我慢してたんだぜ」
「この間のご飯美味しかったっす!」
真相を知った妹がポカンと口を開けて呆けていた。
その後、即座に物凄い剣幕で騎士達に詰め寄る様は、怒髪天の形相で怖かった。
その怖い顔を晒すと嫁の貰い手に困るから辞めとけよ、とは言わなかった俺はヘタレじゃない。悪くない。
その顔見て、引くなら好都合。
お前らに妹はやらん!!
初めてウチで飯を食べた時ーーー
こいつらをー目見れば分かる。
飯目当てから目標変更してるだろ!!
「食材はタダじゃないのよー!!!」
「食材持ってこい!じゃなくば作らん!!!」
妹の怒号に屈強な男達が、御意!!と礼をし市場へと駆け出した。
マッチョを飯で操る妹に俺はどうしたらいいだろうか。
我が薬屋は飯時になるとマッチョが群がる。
匂いに釣られ。
ワラワラと。
騎士共仕事しろーーーーー!!
ここは薬屋だぁあああーーーーーー!!!
登場人物
妹:ルリ・セガーレ 十八歳
父親は騎士だが平民出なため普通の庶民。
兄と歳が離れているため甘やかされたところがあるが、根は素直で聞き分けはいい。
軟弱に見える兄に苛立ち、自分を過保護に扱うことに腹の立つお年頃。
そのため気が強く、意見はしっかり言うお転婆。
兄:グレイン・セガーレ 二十八歳
薬師。父親が騎士だったため長男のグレインに剣を持たせたがったが、争い事を嫌い机に向かうのが好きなグレインは父親の怪我を心配して薬師を目指した。
師匠から独り立ちを言われ、餞別に薬屋を斡旋してもらった。
妹に頭が上がらないワケではないが、若干シスコンなため過保護気味。
ご読了ありがとうございました。