自制のエクスキューズ
……んまあ、てなわけで。
友人のメイアに呼ばれ、私は今、自分たちの研究所に向かっている。
なんでも、例の異空間転移の実験に成功したとかなんとか。マジかよ。
世の中奇天烈なこともあるもんだなぁ……いや、あっていいのか?
もろもろの学術書から教科書までがらりと変わるような出来事だ。物理法則から何から何まで無視してしまっているのだから。
何かからくりでもあるのか。まあ、何かしらはあるんだろうけどとりあえず一度見てみないことにはわかるものもわかるまい。
普段は超面倒くさがりな私だが、今回に関してはラボに行かない選択肢はさらさら念頭にはなかった。
まあ、だからこうして歩いて研究所に向かっているわけだが……
本当にこの道で合っているのか?
いつもは使用人が車を出してくれるのだが、今日は気分的に歩きたかった。
早く来てほしいと思っているであろうメイアには悪いと思ったり思わなかったり。いや、悪いとは思ってるよ、多少は。
そんな呑気なことを考えて歩いていたらいつの間にか軽く迷子になっているようだ。
私の身長からしたら迷子よろしく、本当に迷っている子供に見えてしまっているだろう。私二十歳だし。子供じゃねーし。
いつも車から眺めている四角い、断片的な情報だけでは無理があったのか?
自分でもそこまで方向音痴だとは思っていないが。
まあ、方角はあっているだろうし、歩いていたら記憶の片隅に引っかかる道が出てくるだろう。
そんなとりとめのないことを考えながら歩いていた。
目線はまっすぐ。
どこかで見たことのあるような、そう思えどわからない道を進んでいく。
ふと、その目線はあるところで止まった。
止まった先は研究所でも、鏡でも、奇怪な光景でもない。
少女。
一人の少女。
その目でとらえた光景は普遍をなぞるような普遍。
でも、その少女に目を止めてしまった。
別に私は少女好きとかそういうことでもないし、はたまた、誘拐して身代金でもふんだくってやろうだとかも考えてはいない。てか普通はそんなこと考えない。
しいて言うのであれば、少女は上を――空を見上げていた。
別に飛行機が飛んでいたりはしていない。
曇天でもないが、晴れかと言われればそうとも言い難い、つまらない空。
そんな中途半端で、顔色をうかがうような気に障る空を、少女は見つめていた。
その少女を視界にとらえて三~四秒――いや、もっと時間は経っていただろうか。
何の前触れもなく、少女は走り出した。
とてとてと慌ただしく、転びそうで転ばない危なっかしい足取りで。
私もまた唐突に少女を追いかけたい衝動に駆られた……いやマジでそういう趣味はない……はずだから。
ともかく。
私は衝動のまま、少女を追いかけた。どうか職質だけは勘弁。
少女は思ったより足が速く、曲がり角で一瞬見える背中を追うだけで精一杯だった。
そんなに曲がり角が多いということは裏道にでも来ているのであろう。
自分が迷子であることをすっかり忘れていた。
こんなに知らない道を目印もなしに走り回って……研究所はおろか、自力でうちに帰れるのかな……
柄にもなく、消極的な心配をしてしまった。
が、この心配は杞憂に終わる。
何度も曲がり角を曲がっているうちにいつしか少女を見失ってしまった。
何度曲がり角を曲がれど、背中は見えなくなってしまっていた。
呼吸は荒く、苦しい。膝に手をやる。
悔しいという感情が湧いてきたのだが、なにに対して悔しがっているのかは自分でもわからない。
息を整え、辺りをもう一度見渡す。
ふと。
なんだか見覚えのある道だ。
そう感じた。
もう一度。今度は注意深く見渡してみる。
そして、私はいつも見慣れている看板を見つけた。
私たちの研究所の看板だ。
一瞬私は少女のことを忘れ、無事ラボに着いたことに安堵した。
町のはずれにある、二階建ての研究所。
白い壁がツタに覆われているその建物は、瀟洒と呼ぶには程遠い。
所長は、この退廃的な感じがいいんだ。そういっていた。
まあ、わからなくもない。
ひとまず中に入ろう。
メイアの話を聞くのが先だ。
少女の話は、あとで紅茶でも飲みながらみんなに話してみるか。
こんな不思議なことがあったんだ、みたいな感じでゆるりと。
私は研究所の扉を開けた。