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ましろディスティニー  作者: 鳴海
第2章
7/22

白色の朝

 次の日の朝は目覚まし時計が鳴り始める前に、目を覚ますことができた。


 しかしそれはましろの妄想で、実際は、目覚まし時計は鳴り終わっており、今すぐにでも学校へ行く準備をしなければ遅刻をしてしまう時間だった。


 そのことにましろが気付いたのは、体を起こしてから数分後に時刻を確認してからのことである。


 ましろはベッドから飛ぶように降り、クローゼットを開け、制服に着替えた。急いではいるが、身だしなみはしっかりと整えておく。


 鞄を持って部屋から飛び出る。鞄には、昨晩のうちに教科書やノートを詰め込んでいた。


 階段を駆け下り、洗面台へ。


 顔を洗い、寝ぐせでぼさぼさになっている髪を櫛で梳かした。幸いなことに、すんなりと寝ぐせは直った。


 足早にリビングに行くと、舞子が朝食をとっていた。スーツの上は着ておらず、その代わりにカーディガンを羽織っていた。


「おはよう、ましろ。今日はやけにのんびりね」


「気付いてるなら、起こしてくれればいいのに」ましろも席についた。「完全に寝坊だよー。走っていかないと間に合わないよ」


「コーヒーでいい?」舞子は訊いた。


「うん。いつものお願い」


 舞子はカップにコーヒーを注いだあと、角砂糖を三つ入れた。ティースプーンで軽くかき混ぜ、回転が止まない内にミルクをたっぷり入れる。


 ましろは甘いものが好きだ。そして苦いものや辛いものが苦手である。コーヒーも苦手な部類なのだが、それでも飲んでいるのは少しでも舞子に近づこうとしているためだ。


 少し背伸びをして、大人になろうとしている。舞子もそのことに気付いているが、口出しはしない。


 カップを舞子から受け取り、一口飲む。いつもと同じ、ましろでも飲めるコーヒーの味だった。舞子がいつも飲んでいるのはブラックだが、それはまだ自分の口には合わない。いつかブラックを飲むために、ときどき角砂糖の個数を減らして飲んでいる。その甲斐があってか、つい最近、角砂糖の数が一つ減っている。これはましろにとっては大きな進歩だった。


「お母さん、仕事は? まだ時間大丈夫なの?」


 舞子がこの時間にいるのは珍しいことだった。共働きである両親は、普段ましろが起床する時間にはすでに働きに出ている。ほとんど同じ時間に出ていく二人だが、父親の詩郎の方が少しだけ先だ。


「今日は昼から。だから寝坊じゃないの」舞子は微笑んだ。


「もーっ。それは言わないで」


 白い皿に乗っているロールパンを一つ取り、手でちぎってから口に入れる。詩郎の手作りのパンだ。ましろは市販のものよりも、詩郎の作ったパンが好きだった。小さい頃から食べてきてしまっているせいでもある。この味が当たり前で、市販のパンを食べることは稀だった。


 詩郎は家事をすべて担当している。舞子もできないわけではないが、詩郎の方が料理を上手く作れ、掃除も丁寧だった。それに、なにより詩郎が無類の家事好きということもあった。家事そのものが趣味なのだ。大変だと感じたことは一度もないらしい。


 料理もその一環で、家で作れるものは自分の手で作る、それが詩郎のスタンスだった。


「言っても言わなくても変わらないと思うけどね。目覚ましは鳴らなかったの?」


「気付かなかったみたい。たぶん遅くまで宿題やってたせいだ……」


 舞子には魔法使いになったことは言えない。恥ずかしいのもそうだが、心配させたくないという気持ちの方が大きかった。なにより信じてもらえるかどうかだ。


「学生は大変ね」


「そんなことないよ。お母さんたちの方が大変に決まってる」


「私も詩郎さんも好きなことをやってるだけよ。まあ、家事全般をこなしてる詩郎さんが一番大変だと思うわ」


「それはわかるよ」


「だから、ましろ頑張ってね」


「なにを?」


「家事とかできるようにならないと。大人になれないわよ?」


「うーん……、今度、お父さんに料理教えてもらおうかな」


「それがいいわ」


「…………じゃなかった! こんなのんびりしちゃダメなんだよ!」


 コーヒーを一気に飲み干し、席を立つ。壁にかかっているアナログ時計を確認すると、走ってもギリギリ間に合わないような時間だった。


「急がないと!」


「頑張ってね」舞子はひらひらと手を振った。


「うん。いってきます」


 テーブルに置かれている薄い桃色のナフキンに包まれた弁当箱を鞄に詰め込んだ。「歯ブラシ持って行きなさいよー」と背中に声を受けた。




『おはようございます、マスター』


 家から出て数分後に、今日初めて、セレナの声を聞いた。


 ましろは通学路を必死に走っていた。道中、何度も躓きそうになった。体力に自信のないましろにとって、走るという行動は本来ならありえないことである。走るくらいなら、早起きをした方がマシだった。


「おはよう、セレナ」


『朝から急がれているようですけれど、なにかあったのですか?』


「寝坊だよぉ……」


『やはりそうなりますか』


「やはり?」


『マスターは一度、目覚まし時計を止めるために起きていました。学校の準備がどうとか言って、そのままもう一度眠りについてしまってしましたが』


「…………」


 ましろはセレナの語った真実に言葉を失った。目覚まし時計の音に気付かなかったのではなく、自分の手で止めていたことは、ましろには身に覚えのないことだ。そもそも一度目を覚ましていたことすら知らない。


「えっと……、じゃあ、セレナはそれを知ってたの?」


『もちろんです。私は眠りませんから』


 初耳だった。


「なんで二度寝を止めてくれなかったの!」


『お言葉ですがマスター。私はきちんと注意を促しましたよ。目覚まし時計というものを知っていますから、そのベルが鳴る意味くらいはわかります。けれど、マスターが大丈夫って言う以上、私にはそれを止める権利はありません』


「正論だよー! 今の私には辛すぎるよ! わかってるよ、私が悪いってことくらい」


『さすがです、マスター。では遅刻をしないように走り続けましょう』


「頑張れ、私!」


 自分を鼓舞しながら、通学路を走り抜けていく。


 いつも友達と待ち合わせをしている場所には、誰もいなかった。遅刻ギリギリならば、待っていてくれる友達なのだが、いないということはギリギリどころではないということだ。


 ましろはきっと待っていただろう友達に心の中で謝った。


 普段気にも留めない街路樹の葉の色は、すでに色が変え終わり、改めて今が秋であることを感じさせた。

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